天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

非侵襲的検査の進歩が心臓治療の新しいエビデンスをつくる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 中~高リスクの心臓疾患があって心臓手術を待機している患者が、心臓以外の手術を受ける場合、術前に身体的負担がかからない非侵襲的な心臓検査を受けた方が1年生存率が改善され、入院期間も短縮される――。カナダの研究グループがそんな報告をしています。術前の非侵襲的検査は、術後の心臓合併症を予防する可能性があるといいます。

 心臓手術を受ける場合でも、術前の検査は非常に重要です。心臓検査には、主にカテーテルを使った侵襲的検査と、CT、MRI、超音波などの非侵襲的検査があります。20~30年くらい前は、検査を治療に直結させるには「心臓の状態をより詳しく把握できる侵襲的検査の方が良い」とされていました。

 一方では、患者が心不全や心筋梗塞などにより重篤で状態が悪い場合、負担の大きい侵襲的検査を行うことには是非を問う声もありました。しかし、そういう時こそ正確な診断が必要で、負担以上に侵襲的検査がより良い治療を導き、より良い結果につながる。そうした考え方をベースに着々とエビデンス(科学的根拠)がつくられてきた経緯があります。

 ところが、ここ10年くらいの間に検査機器が急速に進化を遂げ、侵襲的検査に取って代わる非侵襲的検査が続々と登場しました。コンピューターの発達に伴い、CTやMRIといった画像診断が画像の再合成によって断層的に3D化できるようになり、かつてはとても実現できないだろうと思われていたような立体的な“空間”として認識できるようになったのです。超音波(エコー)検査も同様です。それまで、「超音波は検査を行う技師によって得られる情報に差がある」といわれていました。上手な人と下手な人では結果に違いが出てしまう可能性があるということです。それが、検査機器の進化によって誰が検査しても正確な結果が出せるようになりました。

 アイソトープ検査も進歩しています。微量な放射線を出す放射性物質を患者に投与し、その物質が体内の臓器や組織に集積する様子をカメラで画像化する検査です。かつては、漠然とその臓器や組織が活動しているかどうかくらいしかわからなかったものが、いまは臓器や組織の大きさや形に加え、どのように機能しているかもわかります。放射性物質の取り込み方の分析が進化し、これまで白と黒の2色だったものが3色になり、さらに時間的な動きを持たせて見ることができるようになったのです。

■心臓の「外側」が見られるようになった

 さらに、それまでの侵襲的検査は、ほとんどが臓器や血管の内部の画像しか撮れませんでした。ところが、進化した非侵襲的検査では、臓器を外側から見られるようになりました。心臓の弁は外側から見ることはできませんが、侵襲的検査では弁の“影”だけを見ていたのが、非侵襲的検査では弁の“実体”を見られるようになったのです。

 それによって、今の状態が危ない状態なのか、病気があっても様子を見ていていい状態なのかをより的確に判断できます。これまでは、手術にしろカテーテル治療にしろ、医療者側には「症状が表れている一番危険なところだけを治療すればいいのか、併存している心臓疾患を一緒に治療した方がいいのか」という議論が常にありました。それが、非侵襲的検査の進化によって、まだ様子を見ていても問題ないとか、すぐに治療した方がいいといった答えがより明確に出るようになりました。

 こうした非侵襲的な検査の発達は、術前検査のあり方を変えてきています。カテーテル検査などの侵襲的検査は入院が必要になるケースが一般的ですが、非侵襲的検査は外来でも実施できます。また、非侵襲的検査は体への負担が少なく安全性も高いことで、患者への説明や手続きにそれほど時間を割かなくて済みます。それだけより多くの患者に実施できるのです。

 非侵襲的検査が多く実施されるようになってきたことで、いままでつくられてきた検査のエビデンスもどんどん塗り替えられてきています。たとえば、心不全を1回でも起こしたことがある患者はバイパス手術と一緒に弁膜症も手術した方がいいとか、その弁の治療は弁置換術と弁形成術のどちらが望ましいといった新たなエビデンスがつくられてきています。非侵襲的検査を実施して治療に臨んだケースの結果を積み上げてデータベース化し、検討することで、非侵襲的検査の心臓治療に対する有効性がどんどん高まっているのです。

 次回も心臓検査のお話を続けます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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