ステージⅣがん治療を断るとどうなる

一切の治療を拒否 理由は両親のがん死で生じた医療不信

 ステージⅣの進行性の食道がんだと伝えた医師は、続けてこう言葉を継いだ。

「どのような治療を行うか、家族とよく相談して考えて決めてください」

 私は即座に「結構です」と返事をした。医師はその言葉の意味がわからなかったようで、けげんな表情で同じ言葉を繰り返した。そしてこうも言った。

「がんは放っておくと確実に増殖し、みるみる大きくなって全身に転移する。ひどい痛みに苦しみながら死に至ることになる」

 私は「がん治療を受けないのが、私のポリシーである」と伝えた。

 その根拠は、33年前の両親の死だった。私は両親をともにがんで亡くしている。

 父は長年、右頭部に痛みを訴え、地元で一番といわれる大学病院でさまざまな検査を受け続けた。結果はいつも正常。何年後かにようやく鼻腔(びくう)がんと診断され、がんの摘出手術を受けた。しかし“寛解”したはずが、頭痛は消えなかった。

 そしてそれから数年後、脳への転移が判明し、入院。ところが脳全体に腫瘍が回っていることがわかり、手術を断念した。そして、その数カ月後、父は意識もなく、眠るように旅立ったのだ。享年67(満65歳)だった。

 医師の要請に応じ解剖すると、父の頭の中は腫瘍で埋め尽くされており、頭蓋骨をも突き破るほどだった。もともとの頭痛の原因は脳にあり、この腫瘍が鼻にまで広がったと説明されたのだ。当時としては最高と言われる医師をそろえ、最高と言われる検査と治療を受け、このざまだった。

 母をがんで亡くしたのは、その半年後だ。母は子宮も卵巣も摘出。腹水が抜けず、手足はやせ衰え、襲い来る猛烈な痛みをモルヒネでしのぎ、享年60(満58歳)で旅立った。最初は卵巣がん、そして次に子宮がんと診断されて治療を受けていた母も、医師の要請で解剖したが原因はわからず、正確な病名もつけられなかった。このとき生じた強烈な医療不信が、私に医師の治療を断らせた理由のひとつなのだ。

※寛解=症状が長期的に鎮まり、治ったように見える状態

笹川伸雄

笹川伸雄

ジャーナリスト。1946年、宮城県生まれ。医、食、健康のジャンルを得意とし、著書に「妙薬探訪」(徳間文庫)など

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