がんと向き合い生きていく

原因不明だった白血病 治療法が進歩して治癒も期待できる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 かつて、「九州の沿岸地方の風土病」といわれた白血病があります。

 四十数年前、私が国立がんセンター(当時)で研修をしていた頃、鹿児島から勉強に来た若い医師に「私たちの病院では病名がはっきり分からない患者がいて、治療しても良くならずに亡くなる。教科書にも載っていないし、やはり白血病なのでしょうか?」と問われました。

 彼が持参した末梢血液の標本には、核がクローバー状にくびれた見たこともない異常な細胞がたくさんありました。白血病専門のベテラン医師たちも代わる代わる顕微鏡をのぞきこみ、首をかしげるばかりでした。

 その後、この病気の病態解明の研究が進み、HTLV―1(ヒトT細胞白血病ウイルス―1型)というウイルスが原因の「成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)」だと分かってきました。このウイルスに感染している方(キャリアー)は、九州や西南地方に多かったのです。

 かなり前のことになりますが、白血病と肺炎と診断された九州出身の40代の男性患者が、酸素吸入を受けながら私が勤める病院に救急車で運ばれてきました。末梢血液の標本を見ると、以前に国立がんセンターで見たものとそっくりの異常細胞があり、HTLV―1抗体は陽性でATLの診断がつきました。両側の肺X線写真は真っ白で、真菌の一種の感染によるカリニ肺炎といわれるものでした。結局、治療の甲斐もなく呼吸困難が増強して、残念ながら5日後に亡くなられました。

 患者の姉であるCさんにその病気を説明したところ、「私も検査して欲しい」と希望され、すぐに採血をしました。その結果、HTLV―1抗体は陽性でしたが、ATLは発病していませんでした。

 それから数年後、驚いたことにCさんは頚部のリンパ節が腫れ、ある病院で「悪性リンパ腫」との診断を受け、私のところに紹介されてきました。ATLがリンパ腫のタイプで発病したのです。Cさんは頑張って闘病されましたが、治療の効果はなかなか得られず残念な結果となりました。

■ウイルスに感染しても95%以上は発症しない

 ATLという病気は、HTLV―1への感染が原因であることが分かっています。このウイルスの感染経路は、主に母親から子供への母乳を介する母子感染で、空気感染はしません。ほかに輸血や性交などによる感染があります。最近は、妊婦健診でHTLV―1抗体検査が行われるようになり、陽性者(キャリアー)の授乳制限などで子供への感染を予防できるようになりました。

 ATLを発病していないキャリアーは、人口の流動化によって九州・西南沿岸地方だけでなく、関西、首都圏など全国に広がっています。最近は母子感染予防対策などによって、新たにキャリアーとなる方は減少していますが、それでも全国で約100万人と推定されています。

 ただ、キャリアーになったからといって過剰に心配する必要はありません。なぜなら、キャリアーになったとしても95%以上の方はATLを発症することなく、何事もないまま一生を過ごします。つまり、ATLを発症する方はごくわずか数%なのです。

 ATLが発症した場合の病態は多様で、進行が速い場合と穏やかな場合があり、急性型、リンパ腫型、慢性型、くすぶり型に分類されます。治療法は、CCR4抗原がある場合は分子標的薬「モガムリズマブ」の使用が可能です。薬物併用療法は進歩していて、いろいろな工夫がなされています。また、治癒が期待できる同種造血幹細胞移植も検討されます。

 もしも献血や妊婦健診でキャリアーと告知された場合、保健所が相談窓口となっています。病院のがん相談支援センターでも相談できますし、キャリアー外来を行っている病院もあります。遠慮なくご相談ください。自分自身のために正しい知識を持つこと、そして子供に感染させないことが何より大切だと思います。

■本コラム書籍「がんと向き合い生きていく」(セブン&アイ出版)好評発売中

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事