天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

検査による予後予測から「予防的手術」を実施するケースも

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 遺伝子、血液、画像といった検査が進化したことで、「将来的にどんな病気になりやすいかどうか」がわかるようになってきました。がんや認知症などがよく知られていますが、心臓疾患についても、検査で将来の発症リスクがある程度わかります。

 たとえば、大動脈二尖弁の人の大動脈解離もそのひとつです。通常、心臓内の大動脈弁は3枚ありますが、先天的に2枚しかない人がいます。その場合、片方の弁にかかる負担が大きくなって弁膜症を発症しやすくなったり、大動脈の壁も異常を来しやすくなることで大動脈解離の発生率が通常の人の5~10倍になるといわれています。

 大動脈解離は大動脈が突然裂けてしまう病気で、突然死するケースも少なくありません。なんの前触れもなく初めて発症した時点で致命的な状態を招きかねないため、いまも懸命に研究が進められ、大動脈の形を調べることで発症リスクを予測できるようになってきました。CTによる画像診断で、大動脈が前後方向に大きくなっている場合は解離や破裂を起こしやすいことがわかってきたのです。

 ただ、これが絶対とまでは言えない段階で、まだ確定的なものではありません。われわれ現場の医師はあくまで参考にする程度です。それでも、治療の方向性を判断する指標のひとつとして役立つのは間違いありません。

 心臓になんらかのトラブルを抱えていて、それが突然死を招く疾患につながるケースは他にもいくつかあります。しかし、そうした疾患の発症リスクを予測できないものも少なくありません。その場合、「予後予測」といって、将来的に心臓のコンディションはどう推移していくか、それがどれくらい全身状態に影響を及ぼすかといったことを予測しながら、いまの時点でどんな介入をしていけばいいのかを判断して対処します。

 状況によっては、予防的手術を行うケースもあります。抱えているトラブルと併存する疾患の治療だけでなく、さらにプラスアルファの手術をするかどうかを考慮して判断します。いまはガイドライン上ですすめられている予防的手術もあるほどです。

「予防」といっても、何も病気がない状態で手術をするわけではありません。あくまでも何らかの病気を抱えていて、それが進行しているケースが対象です。そして、抱えている病気自体は単独で治療する段階まで進んではいないけれども、このまま行けば別の深刻な病気を発症する可能性が高い。それならば、いまの進行中の段階で、何らかの手術を行ったほうが患者さんにとってプラスになるだろう。そんな考え方で実施されるのが予防的手術になります。

■左心耳切除術は術後の脳梗塞を防ぐ

 心臓手術を受けた後に発症しやすくなる脳梗塞を予防するために行っている「左心耳切除術」もそのひとつと言っていいでしょう。心臓手術に付随して行う処置で、血栓の多くが形成される心臓の左心耳という袋状の部分を取り除き、再び縫合して血液の行き来を遮断する方法です。

 心臓の手術は一時的に心臓の膜を切開し、再び縫って閉じる処置をします。縫い合わせた部分は、回復する過程でどうしても癒着を起こすため、心臓の拡張機能が制限されてしまいます。それによって、左心耳も含めた心臓内では血液によどみができて血栓が形成されやすくなり、脳梗塞の原因になるのです。

 予防のため術後に抗凝固剤を服用する場合もありますが、左心耳切除術のほうが40%以上有利に脳梗塞を予防することがわかっています。

 欧州では、脳梗塞予防として左心耳に対するさまざまな治療が行われていて、研究も進んでいます。左心耳だけを研究する学会もあるほどです。私自身は学会には加わってはいませんが、今後は当院で左心耳を研究しているメンバーを派遣して、より積極的に関わっていく予定です。

 われわれは、まだ多くの外科医が二の足を踏んでいた8年前から左心耳に着目し、冠動脈バイパス手術を実施する際は、すべて左心耳閉塞術や左心耳切除術を行ってきました。そのため、左心耳に関する基礎データをたくさん持っています。学会に参加することで、そのデータをさらに有効活用できればと考えています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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