人は遺伝子の奴隷なのか

ロマノフ王朝を崩壊させた血友病とミトコンドリアDNA

ニコライ2世とその家族
ニコライ2世とその家族(C)Sputnik/共同通信イメージズ

 ほぼ男性に発症する血友病。英国王室からプロシア、ロシア、スペインの各王室に持ち込まれ、「王室病」とも呼ばれる。ロマノフ王朝の崩壊とロシア革命を招いた。ご存じの人も多いだろう。始まりは1837年から64年間にわたり大英帝国に君臨したビクトリア女王である。女王の祖先には発症者がおらず、9人いた子供のうちの1人と孫の3人が血友病を発症した。発症者はすべて男性である。国際医療福祉大学病院内科学の一石英一郎教授が言う。

「王室病の最大の被害者はロシア王室です。ビクトリア女王の孫娘はロシアのロマノフ王朝最後のニコライ2世に嫁ぎ、4人の皇女と血友病の王子を産みました。一人息子の苦しみを心配した皇帝夫妻は徐々に内にこもって、国民の信頼を失います」

 代わって宮廷で権勢を振るったのは王子の“主治医”で祈祷師のラスプーチン。貴族の反発を受けて暗殺され、その2カ月後に革命が起こり、皇帝はその地位を剥奪された。

「その後、革命派により侍従と医師と一家7人は銃殺され、誰かとわからないよう遺体の顔は硫酸で焼かれたのです」

 遺体はバラバラに埋められ、それ以降、遺体は見つからず、「皇女らは生きている」との噂が流れた。イングリッド・バーグマン主演の映画「追想」やアニメ映画「アナスタシア」も、この事件をヒントに作られた。

 やがて遺体が見つかり、遺骨の身元の割り出しが行われる。その方法は各人のDNAの配列の違いを調べること。特に重要なのは、ミトコンドリアDNA解析による母系解析だった。

「ミトコンドリアは、酸素呼吸でエネルギーをつくる細胞小器官です。そのDNAは核内のDNAより変化が起きやすいため、塩基配列の個人差が大きくなります。それだけ個人の特定がしやすいのです。しかも、ミトコンドリアDNAは卵子の細胞質により子孫に伝えられることから、どの母親から生まれた子孫なのか、母親の系譜を調べられるのです」

 つまり、ビクトリア女王の玄孫であるエディンバラ公(現エリザベス女王の夫)のミトコンドリアDNAとその遺体のそれを比べることで、遺体が皇帝一家かがわかる。実際、エディンバラ公の協力でミトコンドリアDNA鑑定が行われたという。

 身元の割り出しには日本も協力。1891年、当時皇太子だったニコライ2世が訪日した際、滋賀県大津町で警官に切りつけられた。この時の血痕がついたハンカチが大津市歴史博物館に保存されており、1998年にその血液を使ってDNA鑑定が行われた。

 最終的には、2007年に皇帝一家全員の遺体の身元が確認されている。

関連記事