独白 愉快な“病人”たち

乗り物には一切乗れず…比企理恵さんがパニック障害を語る

比企理恵さん
比企理恵さん(C)日刊ゲンダイ

「パニック障害」と診断されたのは、25年ほど前のことです。地方の舞台公演中に受診した心療内科でした。薬を処方され「やっとこれで助かるかもしれない」と思ったのですが、それが本当の恐怖の始まりだったんです(笑い)。

 28歳のとき、公演が4作続いたことがありました。当時は1作品1カ月公演が普通で、それが4作連続ともなると稽古を含めて5カ月以上、休みはほぼありませんでした。しかも、どの舞台も共演者は名だたる先輩俳優さんばかり。休めない、遅刻もできない、公演に穴をあけられないプレッシャーなど、常に稽古と公演がダブりダブりだったわけです。

 おかしくなり始めたのは、2作目の舞台期間中だったと思います。地方公演先のホテルで寝ていると、ベッドが揺れているような気がして、眠れなくなりました。「眠らなくちゃ」と思うのに、なぜか気持ちが高ぶって眠れない。朝方やっと眠れそうだと思ったら、もう出発の時間……。そんなことが1カ月続いた頃から、今度は急に心臓がバクバクしだして、日を追うごとにひどくなりました。「心臓の病気かもしれない」と思い、循環器系の病院に行ったのですが、その場の心電図で問題はなく、ホルター心電図(携帯用の小型心電図で長時間の拍動データを記録する)を着けたりもしたのですが、結局「なんでもない」という診断結果でした。

「そんなはずはない」と思っても、舞台は待ってくれません。そのうちに気持ちがどんどん暗くなり始め、自分でも不安になったので、スタッフに「私おかしい。あと2カ月も舞台、もたないかもしれない」と相談しました。すると「心療内科」を勧められたのです。

 そこで「パニック障害」という病名は分かりました。でも、なんであれ、まだ2カ月は舞台を休めない。それを医師に告げると、今では考えられませんが、睡眠導入剤や精神安定剤など、4種類ほどの薬を両手に提げるほど大量に出してくれたのです。

「これで助かるかも」と希望を持ちました。ところが、そこから症状がさらに悪化したんです。動悸は治まらない上に、閉所恐怖症になり、乗り物に一切乗れなくなりました。エレベーターでもタクシーでも、「扉が閉まったら、一生開かないんじゃないか」と思っちゃうんです。

 だから、地方から新幹線で帰ってくるときは大変でした。乗る前は「大丈夫、3時間後には必ず東京に着く」と自分に懇々と言い聞かせ、いざ扉が閉まった後は、死ぬほど苦しい心臓のバクバクと闘いました。時間が経つと少しは治まるのですが、途中の駅で扉が開くたびに「ほら、また開いたでしょ。大丈夫」と自分を励ましながら乗り切りました。一番ひどいときは山手線にさえ乗れませんでした。あんなに頻繁に扉が開くのにね(笑い)。

 その頃には、小さなことが気になって常にドキドキしていました。たとえば「この紙コップは誰が作ったの? 誰? 今すぐ教えて、苦しい!」ってパニックになるという具合。動悸がひどいと「ああ死んじゃう、助けて」となる一方で、うつになって「死にたい」と思ったりするんです。頼れるのは薬だけなので、「ちょっとだけ」と思いながら勝手に量を増やしていました。

■ヒーリング音楽を手掛ける先生との出会いが回復につながる

 そんなとき、知人の紹介でお会いしたのが漢方と気功の先生でした。その先生は私の顔を見るなり「あなた、大量に薬飲んでるでしょう。今すぐ全部やめなさい!」と言ったのです。

 言われたままに薬をやめてみると、気のせいかいつもより眠れたような気がしました。だからといって、すぐに全部が良くなったわけではありませんが、それが回復の第一歩になりました。

 そして、長く続いた公演も終盤になった頃、共演者の方に、今は亡き音楽家の宮下富実夫先生を紹介していただいたことが、大きな回復につながりました。

 ヒーリング音楽を手掛けていた宮下先生の奉納演奏が長野の戸隠神社で行われたのは、ちょうど舞台が全て終わったタイミングでした。乗り物の恐怖はありましたが、わらをも掴む思いで出掛けました。歩いて山を登ると、神々しい本殿があり、眼下には雲海が広がっていて、そのすがすがしさや安堵感に救われた気がしました。そこから少しずつ、本当に少しずつ良くなっていったんです。

 思い出したように急に動悸がする症状はしばらく引きずりましたが、今はほとんどありません。当時を思うと我ながらよく乗り切った(笑い)。あれをきっかけに健康を意識するようになりましたし、「休みって大事だな」とつくづく思います。

(聞き手・松永詠美子)

▽ひき・りえ 1965年、東京都生まれ。79年、13歳の時に「第4回ホリプロスカウトキャラバン」でグランプリを受賞。同年に歌手としてデビューし、その後、女優業へと転身する。以後、映画、テレビ、舞台などで活躍。著書に「神社でヒーリング」(実業之日本社)がある。11月10日に「ぶらぶらサタデー」(フジテレビ系)が正午から放送予定。

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