少子化の裏で加速するY染色体の退化 人類は絶滅危惧種?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 少子化が進む中、「ヒトのY染色体は消滅し、人類は滅亡するかもしれない」とささやかれているのをご存じか。キッカケは世界的科学雑誌「ネイチャー」が2002年に掲載した論文である。著者は性染色体の進化研究の世界的権威。男性になるためのY染色体上の遺伝子数が100万年に5個のペースで消減しており、いずれY染色体が消え、男性がいなくなって人類は絶滅するかもしれないという。人類は絶滅危惧種なのか? 「性の進化史」(新潮選書)の著者で名古屋大学大学院生命農学研究科の松田洋一教授に聞いた。

■何が精子を退化させたのか?

「Y染色体はもとはX染色体と同じものでしたが、退化が進んで遺伝子の数がどんどん減少し、現在の78になったといわれています。X染色体の1098に比べ極端に少なく、しかも78のうち機能が確認されたのは27しかありません」

 その影響は精子の減少に表れている。6大陸50カ国、4万2935人の精子提供者を対象にした国際共同調査によると、2011年までの38年間に北米、欧州、豪州などでは精子数が50%以上減少したという。

「もちろん、たった38年間でY染色体上の精子の数に関係する遺伝子が減少し変異したのではありません。食品添加物やインスタント食品の容器や塗料、農薬、電磁波、肥満やストレス、生活習慣などの環境要因によって、遺伝子変異を伴わずに遺伝子の発現パターンや細胞の性質を変えるような後天的な変化が起きていると思われます」

 では何が精子を劣化させたのか? 理由のひとつとして「一夫一妻制」という結婚形態が考えられる。精子競争がないため、本来なら淘汰されるべき弱い精子の遺伝子やY染色体が次世代に受け継がれてしまうからだ。

「例えば、決まった相手をつくらない乱交のチンパンジーの精子は、運動能力が非常に高いことが知られています。この場合、雌は必然的に複数の雄の精子を受け入れます。そのため、精子はひとつの卵子に到達するために激しい競争にさらされます。結果、運動能力の高い優秀な精子しか次世代に生き残れません。一方、絶滅危惧種であるゴリラは、ボスが雌を独り占めする一夫多妻制です。精子間の競争は存在しないため精子の絶対数は少なく、1回の射精当たりの精子数もチンパンジーの5分の1程度とされます」

 ちなみにゴリラはチンパンジーの4倍も体が大きいのに睾丸は4分の1しかなく、体重比で見ると15分の1程度の大きさしかない。

■多様性消滅で地球環境の変化に対応できない

 もうひとつ、Y染色体や精子の劣化の流れに拍車を掛けているのは生殖補助医療である。

「最近は絶対的不妊とされた無精子症の人の精巣から直接、成熟した精子になる前の未完の細胞を取り出し、顕微授精という方法で卵子に授精させることで、子供をつくれるようになりました。その一方で、こうした技術の進歩により、無精子症や乏精子症の原因となる遺伝子異常やY染色体の異常が次世代に伝わるようになったのです。その結果、ますますY染色体や精子は劣化していく。この流れはさらに加速するに違いありません」

 やはり、Y染色体が消滅し、いずれ人類は絶滅するしかないのか?

「私はそうは思いません。ヒトとアカゲザルのY染色体を比較すると、両者のY染色体で2億年以上前に消滅したと考えられる400の遺伝子のうち、5つの遺伝子がヒトとアカゲザルで共通に残されていました。これらの遺伝子は、生殖機能を維持する上で必要な遺伝子として消失を免れ続けてきました。このようにヒトのY染色体上の遺伝子が激減したとしても、精子の生産に必要な遺伝子は残るはずです」

 仮に奄美諸島に生息するアマミトゲネズミやトクノシマトゲネズミのようにY染色体を失ったとしても、精子の生産に必要な遺伝子はX染色体や常染色体に移動するなどして残され“男”は存続するに違いない。

「そもそも生物に雄と雌があるのは多様な環境変化に耐えられるよう、多様な遺伝子の組み合わせを持つ子孫をつくるためです。単に子孫を増やすだけなら、自分の体の一部分からクローンをつくる無性生殖が有利です。しかし、これでは地球環境の変化に対応できる多様な遺伝子を持った子孫はつくれません。有性生殖なら精子と卵子が受精することで雌雄の異なる遺伝子が混じり合い、多様な遺伝子を持つ個体をつくることができます。さらに突然変異によって生まれた新たな遺伝子が精子と卵子を介して次世代に伝えられるのです。その結果、さまざまな環境変化に対応できる遺伝的な多様性を生み出せるのです」

 形を変えても男と女が存続する限り、人類は安泰のようである。

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