天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

食事と心臓疾患の関係 研究結果に右往左往してはいけない

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 このところ、心臓疾患と食事の関係についての研究が盛んに実施されています。最近では、カナダの研究チームが「乳製品の摂取が心臓疾患による死亡や発生リスクの低下に関連している」と報告しています。世界21カ国、約13万6000例を2003年1月から18年7月まで追跡したところ、牛乳やヨーグルトなどの乳製品の摂取量が多いほど、主要心血管疾患と死亡の複合イベント(心血管死、非致死性の心筋梗塞、脳卒中または心不全)の発生リスクが低いことがわかりました。

 また、オーストラリアの研究では「青魚に多く含まれるオメガ3系脂肪酸は乳児の心臓病のリスク因子が改善する」と報告しています。これまでも、オメガ3系脂肪酸は心臓疾患のリスク因子である肥満や、糖尿病に関係するインスリン抵抗性を改善することがわかっていました。それが今回、成人だけでなく子供にも有効な可能性が指摘されたのです。

 当院でも、食事と心臓疾患の関連性についての調査を行っています。何を食べたか……といった内容についてではなく、患者の満腹度や食事環境の違いを比較するもので、たとえば「食事の回数が不規則な人と、規則正しい人では心臓疾患の発症率に差はないのか」といったデータを集めています。

 近年、食事と病気の関係に関する研究が世界中で盛んに実施されている背景には、食品メーカー側の“思惑”があります。研究者に協力を依頼して、ある製品に含まれている成分が病気の予防に効果的だというデータが集まれば、メーカーはその製品を「積極的に摂取すると健康に良いですよ」と大々的にPRすることができて、売り上げアップを望めるのです。

 また、依然として死亡原因第2位である心臓疾患に対して「食事や生活習慣の改善による1次予防を積極的に行って病気の発生予防を拡大し、ひいては医療費抑制を図る」という、ある意味、先進国共通の利害も見え隠れしているといえます。

 もちろん、効果が「ない」ものを「ある」とするような捏造が行われるケースはまずありませんし、研究されている成分に何らかのプラス要素が出る場合が多いのも事実です。

 注意点として、さまざまな背景がある食事と健康に関する肯定的な研究報告に対し、われわれ消費者が左右され過ぎてしまわないようにすることが大切です。「健康に良い」という研究結果を妄信して、偏り過ぎてしまうのはかえってマイナスになりかねません。

■一般的な対策だけでも十分

 そうした研究結果を賢く利用するには、まずはさまざまなメディアから、それらの健康情報を取り込んで、現状の自分の食生活に照らし合わせ、どれくらい合致しているのかどうかを点検しましょう。その作業が習慣化するほど、自分の健康管理をしっかり行えるようになります。該当する成分を摂取するために無理に食生活を変えたりしなくても、意識して確認することが自然と改善につながります。

 また、そもそもそうした研究結果を“無視”したとしても、いきなり危険な状態を招くようなことにはなりません。ある程度、食事を規則正しく取ったり、偏ったものばかりを食べ過ぎないよう自己管理したり、健診で指摘された食事内容を改善していくといった一般的な取り組みを行うだけで十分といえます。

 食事と病気に関する研究で出てくるデータのほとんどは、いまはまだ健康な人をターゲットにして、将来的に病気にならないよう1次予防に導くためのものです。研究結果に焦って右往左往する必要はないのです。

 医学の進歩という視点から考えてみても、そうした1次予防に対し、「いまある特定の病気をどのようにして治療したり、改善したりすればいいか」という2次予防の方が圧倒的に進歩のスピードが速いといえます。つまり、仮に1次予防がうまくいかずに心臓疾患を発症したとしても、進歩し続けている治療によって深刻な事態は避けられるようになってきているのです。

 ですから、自分のいまの健康状態をきちんと把握しておくだけで大きな問題はなく、世の中にあふれ返る健康に関する研究発表や情報に惑わされる必要はありません。

 次回、食事と健康に関する研究データの賢い使い方について、さらに詳しくお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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