天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

摂食、排泄、睡眠…日々の生活の恒常性を崩してはいけない

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 前回お話ししたように、近年は食事と心臓疾患の関連についての研究が盛んに行われています。そのほとんどは、いま健康な人が病気にならないようにする1次予防のための効果を調べた研究で、肯定的な結果が出ているケースが多いのも確かです。

 しかし、だからといって消費者が右往左往する必要はありません。たとえば、「○○○には心臓疾患を予防する成分が豊富に含まれている」という研究結果が報告されたとしても、それにとらわれ過ぎてその食品や成分を偏って摂取したり、無理に食事を改善してしまうと、かえってマイナスになってしまう場合もあります。

 そんな事態を避けるためにも、食事と病気との関連についての研究結果は、賢く“利用”することが大切です。

 たとえば、前回も紹介した「乳製品は心臓疾患の発症リスクを下げる」という報告について考えてみましょう。少し前まで、「乳製品は腸内細菌のバランスを改善して腸内環境を整える」という研究結果がたくさん報告されていました。大腸内には100兆個もの腸内細菌が生息していて、免疫機能をコントロールしています。乳酸菌などの善玉菌、大腸菌などの悪玉菌、それ以外の日和見菌に大きく分けられ、バランスが崩れて悪玉が優勢になると、全体の4分の3を占める日和見菌が悪玉的な働きをするようになります。そのため、善玉菌=乳酸菌を多く含む乳製品は腸内環境を整えて、健康に良い効果があるとされているのです。

 腸内細菌と心臓疾患の関係を見てみると、腸内環境が悪い人は便秘気味になってトイレで強くいきむケースが増え、血圧が急上昇して心臓や血管に大きな負担をかけることにつながります。

 また、腸内細菌のバランスが崩れると、主に動物性タンパクの余剰分を腸内細菌が代謝して「TMAO」(トリメチルアミン―N―オキシド)という物質を産生します。このTMAOの血中濃度が高いと動脈硬化が進み、心血管イベントの発症が促進されることが分かっているのです。

 つまり、①乳製品は腸内環境を整える効果がある②腸内環境を整えることは心臓疾患の予防につながる③ということは、乳製品は心臓疾患を予防する――という三段論法が成り立っているわけです。もちろん、動物性タンパクの過剰摂取が動脈硬化に良くないことは言うまでもありません。

 そうした乳製品と同じように、ある病気の発症リスクを下げる効果が認められた成分は、ピンポイントでひとつの臓器に関与しているわけではなく、すべての臓器に関わっているといえます。ですから、研究のターゲットになった臓器=病気だけを考えるのではなく、「その成分が関与するすべての臓器=病気がしっかりコントロールできているか」を確認することが重要なのです。

■「順序」を勘違いすると本末転倒

 たとえば、心臓疾患を予防しようと考えて、研究で予防効果が認められた成分を含む食品を摂取するとしましょう。その成分に心臓疾患の発症リスクを下げる効果があるのは確かです。しかし、摂取したことによってコレステロール値や血糖値が上がってしまったり、肥満を招いたり、便秘や下痢気味になって腸内環境が悪化してしまえば、逆にリスクはアップします。食生活を変えたことでストレスを感じたり、十分に眠れなくなってしまえば、それも心臓にとっては大きなマイナスです。

 病気を予防するためには、摂食、排泄、睡眠といった人間が日々生活するうえでの基本的な行為を阻害しないことが何より大切になります。健康に良いと発表されている食べ物や飲み物を摂取することで、そうした自分の恒常性を崩していないかどうか。常にそれを確認しながら取り組まなければ、本末転倒になりかねないのです。

 健康に良いという研究結果が出ている食品や成分を積極的にとって1次予防に取り組もうと考える人は、いまは健康な人がほとんどでしょう。だからこそ、まずは「いまの自分の健康は何に支えられているものなのか」ということを振り返って把握しておく。将来的な不安を感じている部分を改善するために食事やサプリメントを“使う”のはそれからです。あくまでも、いまの健康を維持している要素や条件を崩さないようにするのが大前提です。

 健康に対して高い意識を持って取り組むことはもちろん歓迎すべきことですが、「順序」を勘違いしないことが肝心なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事