気鋭の医師 注目の医療

がんゲノム医療は日本人のデータベース構築が急務だ

桃沢幸秀チームリーダー
桃沢幸秀チームリーダー(提供写真)
「理化学研究所・生命医学科学研究センター」桃沢幸秀チームリーダー(40歳)

 遺伝子検査を実施して、その情報を基にがんの診断や治療を行うことを「がんゲノム医療」という。国内では2017年の「第3期がん対策推進基本計画」にゲノム医療推進の方針が盛り込まれ、国レベルでの体制づくりが始まっている。

 ゲノム医療を進めるには、遺伝子検査の結果を評価するための大本となるデータベースの構築が不可欠だ。同センターをはじめとする国際共同研究グループは、世界最大規模となる1万8000人以上のDNAを解析し、今年10月に「日本人遺伝性乳がんの『病的バリアント』のデータベース構築」を発表した。「病的バリアント」とは何なのか。本研究の中心人物である桃沢幸秀チームリーダー(顔写真)が言う。

「ヒトのDNA配列は30億の塩基対からなりますが、その配列の個人間の違いを『遺伝子バリアント』と言います。血液型、髪や目の色、運動神経、病気のなりやすさ、薬の効きやすさなどの個人差のうち、遺伝によるものは、この違いによります。そのうち、病気の発症の原因になるものを『病的バリアント』と呼びます」

 遺伝子バリアントは、親から子供に引き継がれた生まれつきのDNA配列の違いで、病的バリアントも遺伝する。がんの発生に伴う遺伝子変異(遺伝しない)とは別ものだ。

 国内の乳がん全体の5~10%が、病的バリアントが原因の「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」と推定されている。2013年に米国の女優アンジェリーナ・ジョリーが遺伝子検査で病的バリアントを持っていることが判明し、乳がん・卵巣がんともに通常の10倍以上発症しやすいことから、乳房と卵巣を切除したことが話題になった。

■日本の遺伝子検査数は世界の100分の1

 世界では、このような遺伝子検査が年間数十万人に行われていると推定されるが、日本でこれまで受けた人は数千人程度。どうしてなのか。

「日本の場合、これまで米国のデータベースを使った評価しかできませんでした。しかし、病的バリアントの種類は人種によって大きく異なります。米国のデータベースは日本人の情報が非常に少ないため、日本人で見つかった遺伝子バリアントが病的バリアントであるかどうかの判断が難しい場合が多くありました。それで、日本人独自のデータベース構築が急務だったのです」

 今回の研究では、乳がんの原因となる11遺伝子を理研が独自に開発したゲノム解析手法を用いて1781個の遺伝子バリアントを同定。うち244個が病的バリアントと判明し、半分以上は米国のデータベースには未登録だったという。

「最も研究が進んでいるBRCA2遺伝子ですら今回同定した半分以上が新規で、他の遺伝子でも約2割程度しか登録されていませんでした。TP53遺伝子については、海外では100倍のリスクとされていますが、日本人では8.5倍と推定されました」

 ただし、がんの遺伝子検査の普及には一方で、遺伝情報に基づく差別を禁じる法整備も必要。ゲノム医療を慎重に進めていくためにも、しっかりとした日本人独自のデータベースの構築が重要になる。他のがんでも日本人の病的バリアントのデータベースの構築を広げていきたいという。

▽2003年東京大学農学部卒後、東京大学大学院農学生命科学研究科修了(博士・獣医学)。ベルギー・リエージュ大学研究員、その間、日本学術振興会特別研究員・海外特別研究員を経て、12年から理化学研究所所属。15年現職。18年から横浜市立大学大学院客員教授を兼務。〈所属学会〉日本人類遺伝学会、日本獣医学会

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