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上の血圧だけが高い高齢者 「理屈」と「事実」に食い違い

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写真はイメージ(C)PIXTA

 高齢者の高血圧の特徴は、下の血圧はむしろ低めで、上の血圧だけが高い「孤立性収縮期高血圧」にあります。

 この「高齢者孤立性収縮期高血圧」にどう対応すればいいのか。今から30年以上前の私の最大の疑問のひとつでした。

 30年前の私がどう考えていたかというと、下の血圧が低めで上の血圧だけが高いのは、動脈硬化が進んで血管が硬くなっている証拠で、その硬い血管に十分な血液を送り込むためには、高い血圧でなければかえって臓器の血流が不足して、脳梗塞や心筋梗塞など血管が詰まる病気が増えるのではないかというものでした。

 当時、読んでいた内科の教科書にも「高齢者の孤立性収縮期高血圧は170㎜Hgを超えた場合には治療をしたほうがいいという意見が多い」というような、あいまいな記述があるだけで、治療すべきだとは書かれていませんでした。

 しかし、この理屈は間違っていることが、1991年の論文で示されました。この研究は60歳以上の上の血圧だけが高い患者(上の血圧160㎜Hg以上かつ下の血圧90㎜Hg未満)に対し、降圧薬を使ってプラセボと比較したランダム化比較試験です。

 その結果は、6年間で10%の脳卒中を6%まで少なくするというものでした。

 この論文は、高齢者の孤立性収縮期高血圧の治療によって脳卒中の予防ができることを示した歴史的なもので、同時に多くの論文を探し、読み、個別の患者の医療に生かしていくという根拠に基づく医療「エビデンス・ベースド・メディシン」(EBM)へと私を導いてくれた、私自身の人生を変えた論文でもあります。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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