がん発症の妻にしてあげた10のこと

<2>家を買う 猫好きの妻のために堂々と飼えるマンションを

小宮孝泰さん
小宮孝泰さん(C)日刊ゲンダイ

 2012年の秋、3LDKの賃貸を引き払い、杉並の分譲マンションを購入した。

「妻が在宅医療と在宅死を希望していたので、亡くなる前年ぐらいから新居を探しました。妻はずっと賃貸住まいだったので、いつか自分の家を持ちたいという夢もあったでしょう。ネックは猫が2匹いるってことでした。マンションによっては『ペット可』とはなっていても、規約で1匹までといった制限があったりします。一軒家でもない限り、2匹という条件はあまりないんですね。しかも、僕の誕生日は3月11日なのですが、その前年にあの東日本大震災があり、妻は耐震性のこともすごく気にしていました。僕が映画のロケに行っている時、いろいろ考えて妻がこの物件を探してきたのです」

 何事にも優先されたのが、2000年の暮れに飼い始めた「りゅう」(アメリカンショートヘアの雑種)と、その7年後に家族に加わった「ライ」の2匹の猫だ。

「僕ら夫婦に子供がいないという以前に、猫好きだった妻はずっと飼いたがっていた。賃貸暮らしの頃から飼い始めたのですが、本来はペット禁止のマンションでした。ただ、とても人のいい大家さんで、よほどバカ正直に『猫を飼っています』と言わなければ、見逃してくれるような人でした。更新料もいりませんといった良心的な大家さんなのです。ただ、妻としてはペット禁止ということをずっと気にしていて、いつか堂々と飼える場所をと思っていたようです」

 だが、佳江さんが新居に暮らしたのは1カ月にも満たなかった。

「がんが肝臓に転移していました。肝臓に転移したということは、治る見込みが限りなく少ないということですから、この頃は彼女も自分の死を認めていました。自分でカタログを見て介護ベッドを選び、そこのリビングルームに置いて寝起きした。料理上手でしたが、衰弱していたので、残念ながら調理場に立つことはかないませんでした。その代わりに冷蔵庫やキッチンに『ここは、こうやって』といったメモをいろいろ貼ってくれました。僕は仕事で家を空けることもあり、そんな時に痛みが出ると大変ですから、引っ越しが完了するまでは義理の母の家に預かってもらったのです。ですから、ここにいたのは1カ月に満たなかったですね」

 メモは6年経った今もずっと同じ場所に貼られている。

「ただ、引っ越してから2度ほど花火大会を見ることができた。こんな幸せな時間のために新居に引っ越してきたんだよ、と妻は言いたかったのかもしれません。最後にしてあげられた僕からのプレゼントってなるのでしょうかねぇ……」

 佳江さんは資産価値のことまで考えてこの家を選んでいたという。その後も住み続ける夫が路頭に迷わないよう、妻からのプレゼントだった可能性もある。

(つづく)

小宮孝泰

小宮孝泰

1956年、神奈川県小田原市生まれ。明治大学卒。80年、渡辺正行、ラサール石井と「コント赤信号」でTVデビュー。91年に佳江さんと結婚。2001年、31歳の佳江さんに乳がん発症。12年に永眠。今年9月に、出会いから別れまでの出来事をつづった「猫女房」(秀和システム)を上梓。

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