「僕ら夫婦に子供がいないという以前に、猫好きだった妻はずっと飼いたがっていた。賃貸暮らしの頃から飼い始めたのですが、本来はペット禁止のマンションでした。ただ、とても人のいい大家さんで、よほどバカ正直に『猫を飼っています』と言わなければ、見逃してくれるような人でした。更新料もいりませんといった良心的な大家さんなのです。ただ、妻としてはペット禁止ということをずっと気にしていて、いつか堂々と飼える場所をと思っていたようです」
だが、佳江さんが新居に暮らしたのは1カ月にも満たなかった。
「がんが肝臓に転移していました。肝臓に転移したということは、治る見込みが限りなく少ないということですから、この頃は彼女も自分の死を認めていました。自分でカタログを見て介護ベッドを選び、そこのリビングルームに置いて寝起きした。料理上手でしたが、衰弱していたので、残念ながら調理場に立つことはかないませんでした。その代わりに冷蔵庫やキッチンに『ここは、こうやって』といったメモをいろいろ貼ってくれました。僕は仕事で家を空けることもあり、そんな時に痛みが出ると大変ですから、引っ越しが完了するまでは義理の母の家に預かってもらったのです。ですから、ここにいたのは1カ月に満たなかったですね」
がん発症の妻にしてあげた10のこと