がんと向き合い生きていく

「夢」が死の恐怖を乗り越える術になる患者さんもいる

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 夜、南島の夜だった。珊瑚礁の上を波が静かに寄せ、月が皎皎と恐ろしいばかりに美しく波打ちぎわを照らしていた。

 ザクザクと波打ちぎわを歩く足音とともに一人の黒い人影があった。誰か、すぐにわかった。幼少年期をともに島で過ごした、そして既に海難事故で死んでしまったはずの古い友人だった。生きていたのか。

 彼は全くふり向かず岬の方向に向かって確信に充ちた早足で歩いていった。私はなつかしさのあまり後を追った。彼方には濃い影にいろどられた黒々とした岬が見え岬の先端には教会が建っていた。彼はなれた足つきでそこを目指していった。

 私は彼を見失うまいと後姿を追っているうち、突然教会の前に立っていた。彼の姿は既に見えなくなっていた。

 一転、真昼だった。私は何もない岬の先端に唯一人、立ち尽くしていた。眼前には ひたすら青くまばゆい海が渺茫とひらけていた。海はたゆみなく運動しつつも漲り又静止していた。

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佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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