【特別対談】五木寛之×天野篤「人生100年時代を生き抜く」

作家の五木寛之氏と順大付属順天堂医院院長の天野篤氏(C)日刊ゲンダイ
いまいちばん大きな問題は健康の格差

 4人に1人が65歳以上の高齢化社会となった日本は、「人生100年時代」を迎えようとしている。これまで誰も経験したことがない時代を生き抜くためにはどのような心構えが必要なのか。日刊ゲンダイで「流されゆく日々」を連載中の作家・五木寛之氏と、天皇陛下の執刀医を務めた心臓血管外科医・天野篤氏が語る。

五木 一昔前、「3K」という言葉がありました。きつい、汚い、危険の頭文字をとった、過酷な労働環境を表した言葉です。人生100年時代が目前に迫っているいま、新しい「3K」を考えてみたんです。健康、経済あるいは金、孤独。この3つに現代人の不安や焦燥が集約されていると思う。その中でも、トップにくるのは健康の問題ですよ。

天野 たしかにそうですね。健康とどう折り合いをつけながら生きていくのかが、これからますます重要になってきます。

五木 人生100年時代とはいっても、ただ100年生きるということと、健康寿命を維持するということは別ですからね。経済学者のピケティが富の格差のことを問題にしていたけれど、いまいちばん大きな問題は健康の格差なんですよ。

天野 いわゆる平均寿命と健康寿命の差は10年くらいあります。いまの時代、自分で病気に関する知識や情報を入手して、あふれ返る健康情報をどのように自分に合った形で取り込むかというのが非常に大切です。

五木 僕はどちらかというと健康に気を使っているんです。ただ、気を使ってはいるけれども、趣味として、あるいは道楽として「養生」をやっている。目を三角にとがらせてやっているんじゃなくて、面白いからやっているんです。もう、あまり神経質に健康、健康と大騒ぎするよりも、健康そのものを自分の「体との対話」として、面白がってやるほうがいいような気がします。

天野 健康や元気という状態と手をつなぎながら歩くみたいな感じですか?

五木 そうですね。中には健康ノイローゼみたいな状態になっている方もいらっしゃいますからね。人間の生き死にっていうのは、ある意味では他力というか、自分の努力じゃ及ばないところがあるんだというあきらめは置いておいて、それでも、たとえ明日死ぬと思ってもやるのが養生だと考えています。

 ◇  ◇  ◇

天野 五木さんは、健康に関しての予知能力がおありですよね。以前、お話をうかがった際、健康や病気についての危機管理をこんなふうにされているんだなと感じたことがあります。まず、そうしたテーマを文章化する際にいろいろな資料を取り込まれて、情報を自分自身で管理されているということがひとつ。それプラス、前方に向かってライトみたいなものを照らして、先を見ていらっしゃるんじゃないかなという気がしたんです。

五木 健康についての予知能力はありますね。日々、それを一生懸命磨きながら、老後の楽しみにして生きているんです(笑い)。

天野 五木さんとは違って、高度経済成長期から現在に至るまでの社会を担ってきて、いま高齢になった方々のほとんどは健康に対してまったく無防備なままここまで来てしまった。会社に貢献するとか、個人の利益を大きくするとか、家族を幸福にするとか、そのくらいの目標だけをまっしぐらに見てやってきたわけです。医者をやっていて、そういう方々をたくさん診てきた中で、本当に惜しい、こんなことがあってもいいんだろうか……と思わされた病気が胃がんなんです。

五木 ほう、胃がんですか。

天野 バリバリ活躍されていた方が胃がんでアッという間に持っていかれてしまったり、手術は成功したんだけど1年、2年後に再発して、痛い苦しい思いをしてひっそりと亡くなられる方々をたくさん見てきました。

五木 胃がんというと、いまはもう耳慣れているせいか、意外な気がしますね。でもたしかに、アナウンサーの逸見政孝さんのご病気も話題になりました。

天野 いまの日本では胃がんはかなり克服されていますが、そうした方々を見てきて思うのは、病気に引っかかって道から外れていく人がいる一方で、運よく引っかからないで年を重ねて元気に過ごされている方がいらっしゃる。そうした理想的な、みんながうらやましく思うような道を選ぶためには、ただあるがまま自分自身で健康だと思いながら生きていることがいいのか。それとも、何かそのために必要な手だてをとるほうがいいのか。医者としては、ちょっとよくわからないところがあるんです。医者は病気の方はたくさん診ていますけど、健康な方はあまり診ていないものですから。

五木 やはり、健康というものを道楽として面白がって養生して、自分の体と会話を交わしつつ生きていくのがいちばんいいんじゃないかと思いますね。

順大付属順天堂医院院長の天野篤氏(C)日刊ゲンダイ
日常的な不具合に医療はもっと対応してほしい

五木 実は去年、天野さんのご紹介で戦後72年間で初めて一般の病院に行ったんですよ。左脚が痛くて歩くのもつらかったもんだから。歯医者は別として、大学へ入学する時にレントゲン写真を撮られたのが唯一の被曝体験で、泣きながら軍門に下るみたいな感じでね(笑い)。そこでいちばん最初にビックリしたのは、入り口の広いホールに集まっている患者さんの数でした。こんなにも病人がたくさんいるのかとショックを受けましたね。医学が進歩したら病人は減るはずなのに、なぜこれほど増えているんですかね。

天野 ひとつは日本人は薬が好きだということでしょうか。

五木 なるほど。

天野 日本の薬はよく効きます。で、全体が高齢化していることもあって、体の不具合に対して薬に頼る人が増えているんです。まずは自分自身で健康管理からというところから入る人はあまりいませんね。どこか悪くなったら病院にかかればいいやという文化がつくられています。

五木 たしかに、薬が好きだとか、病院にお任せしますという傾向はありますね。この間、シルバー川柳を読んだんですが、「朝起きて調子いいから医者に行く」って作品があって、笑っちゃいました。

天野 病院に行っていつものメンバーが来ていないと、「あいつ具合悪いんじゃないか?」みたいな感じですね(笑い)。

 ◇  ◇  ◇

五木 もうひとつ、病院で感じたことがあるんです。ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑さんもそうだけど、いまの日本はがんとか脳とか心臓とか、医療の最先端ですごくがんばっています。ただ、日常的な体の不快感とか不具合ってあるでしょう?

天野 ええ。

五木 足が痛いとか、腰が痛いとか、寝汗がひどいとか、耳鳴りがするとか、そうした些末な不具合を抱えている人がものすごくたくさんいる。でも、これはなかなか病院では解決してもらえないんですよ。それで結局、どこへ行くかというと、整体に行ったり、カイロプラクティックへ行ったり、鍼灸へ行ったり、いわゆる健康難民が街にあふれているわけです。

天野 目が見えなくなるとか、耳が聞こえなくなるとか、歩けなくなるとか、機能障害が起きて、いまできていることができなくなるということのほうが、自分の命がなくなることよりも恐れている方はたくさんいらっしゃいますよね。

五木 生活の質が落ちるのは苦痛ですからね。

天野 ですから、それを取り除くために生活習慣の改善から入って、どういう病気がどういうことで起こってくるかを啓蒙して、症状が表れた場合にはそれに対して診断、治療をする。その後は再発しないように継続療法またはリハビリを応用して健康寿命を延ばすという取り組み方がいまの医療の骨格になっていると思います。

五木 軽度の苦痛が人生を不快にしている部分があって、そういった些末な不具合をなんとか対応してくれるような医療専門機関がもっとあればいいなと思うんですよね。

作家の五木寛之氏(C)日刊ゲンダイ
「ピンピンコロリ」は残った人をむなしくさせる

五木 これからの時代は、氾濫する健康情報をきちんと見極めて活用する「ヘルスリテラシー」を身につけることも大切です。いわゆる健康常識というものはだいたい10年ごとにどんどん変化していくんです。ひと頃は炭水化物を拒絶する人が増えたけれども、今度は逆に取らなきゃダメだという人が出てくる。メタボだって諸悪の根源のように騒がれていたのに、いまはちょっと小太りの人のほうが長生きするなんていわれている。朝令暮改じゃないけど、一般の人たちは困ってしまうわけですよ。なんだかデタラメなことにとらわれて右往左往しているっていう現状ですよね。

天野 健康情報を見極める指針となるのは、五木さんのように自分の体の声を聞くことでしょう。その健康情報は果たして自分に合っているのか、その手応えがあるのかどうかを確認する。活動量が少ないお年寄りだと、何をもって合っているのかどうかがわからないから、日常生活の中でモニタリングできる項目をいくつも持っておく。一日数千歩は歩くことを習慣にしたり、睡眠、食事、排泄などの状態を確認しておくと、そこから体の変調がフィードバックされて気づくことができる。そういう日常を送れるかどうかで大きく変わってきます。

五木 僕は朝起きたときと寝る前に体重を量って帳面につけているんですが、だいたい20歳くらいの頃の体重と1キロくらいの差でずっときていますね。

天野 それはすごい。それが五木さんがスーパーマンである秘訣ですよ。

 ◇  ◇  ◇

五木 よく、「ピンピンコロリ」が理想の死に方だといわれますが、僕は「ピンピンジワリ」のほうがいいねえ。コロッと逝くと後の始末もできないですからね。1年も2年も前から自分の死期を予想して、その準備をするというのはしんどいですし、そんな面倒なことはしたくない。ジワーッという期間がせめて1週間くらいは欲しいですね。

天野 僕は「ピンピンコロリ」という言葉自体に嫌悪感があるんです。「死」というものに対して準備をしたり、あらがったりできる動物は人間だけだと思っているので、最期の最期になって自分で「ああ、いよいよ来たか」っていう受け入れ方ができる終末がいいんじゃないかと思っています。それに、「ピンピンコロリ」は残った人をむなしくさせるんです。何かできたんじゃないか、予兆に気づけたんじゃないかとか、それは後悔ですからね。死を受け入れるための考える時間を持てるというのも、人間だけに与えられたものだと思うんです。

五木 なるほど。

天野 たとえば末期がんで、自分はもう十分に生きたからもうこれ以上の治療は必要ないと考える人がいまは40%くらいいます。それがこれから何年かのうちに60%、80%になっていけば、がん治療は患者さんに寄り添った治療になったといえるんじゃないでしょうか。一人一人が納得して死を迎えられるよう、自分の人生を振り返る時間を持てるようにする。これからの医療はそういう方向に進歩していかなければならない。そうでなければ、日本は本当の意味で豊かな高齢化社会を迎えられないような気がします。

五木 あらためて考えると、えらい時代に生まれたもんだね。地図のない旅に出かけるようなものですから。ただ、未曽有の体験をするわけだから、ある意味では月に行くようなスリルとサスペンスがありますよ。

(構成=松本滋貴)

▽いつき・ひろゆき
 1932年、福岡県生まれ。57年に早稲田大学を中退後、作詞家やルポライターなどを経て、66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年「青春の門」で吉川英治文学賞を受賞。近著に「眠れぬ夜のために 1967-2018 五百余の言葉」(新潮新書)がある。

▽あまの・あつし
 1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。心臓血管外科医。執刀した手術は8000例を超え、成功率は98%以上。2012年2月、東京大学と順天堂大学の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「100年を生きる 心臓との付き合い方」(セブン&アイ出版)がある。

キーワード解説

「人生100年時代」 ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンが著書「ライフ・シフト」(2016年)で提唱。日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳と延び続け、90歳以上の人口は200万人を超えている。2007年に生まれた子供の半数が107歳よりも長く生きるという予測もある。

「健康寿命」
 健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間。2016年の平均寿命と健康寿命の差は、男性8.84年、女性12.35年となっている。

「富の格差」
 フランスの経済学者トマ・ピケティが著書「21世紀の資本」(2013年)で主張し、大論争を巻き起こした。世界中で所得と富の分配の不平等化が進んでいて、世界的所得格差を是正するためにはグローバル資産課税や累進課税を促進すべきとしている。

「胃がん」
 胃の中にすむ「ヘリコバクター・ピロリ菌」が大きな原因とされる。胃壁の内側にある粘膜に発生し、がん細胞が粘膜または粘膜下組織層までにとどまっているものは「早期胃がん」といわれ、筋層より深く達すると「進行胃がん」と呼ぶ。かつては日本人のがん死亡数1位だったが、近年は診断・治療法が進歩して死亡数は男性2位、女性3位になっている。

「逸見政孝」
 元フジテレビアナウンサー。報道からバラエティーまで幅広く活躍した。フリー転身後の1993年に胃がんが発覚して手術を受け、がんであることを記者会見で発表。当時、自身の病気を公表する会見は異例で大きな反響を呼んだ。同年、48歳で亡くなった。

「シルバー川柳」
 2001年に社団法人全国有料老人ホーム協会の設立20周年を記念してスタート。シニア世代を中心に高齢者の日々の生活をテーマにしたユーモアあふれる作品が募集され、毎年1万前後の応募がある。優秀作は9月に発表される。

「本庶佑」
 分子生物学者。京都大高等研究院特別教授。1992年に未知の遺伝子だった免疫チェックポイント阻害因子を発見。新たなタイプのがん治療薬の開発につなげたことで、2018年にノーベル医学・生理学賞をジェームズ・P・アリソンと共同受賞した。

「ヘルスリテラシー」
 健康に関する情報を調べ、理解し、効果的に活用するための個人的能力のこと。WHO(世界保健機関)では「健康を高めたり、維持するために必要な情報にアクセスし、理解し、利用していくための個人の意欲や能力を決定する認知・社会的なスキル」と定義されている。インターネットやスマートフォンが普及した近年になって、ますます重要視されている。

「低炭水化物ダイエット」
 肥満や糖尿病の治療や予防のため、炭水化物の摂取比率や摂取量を制限する食事療法。炭水化物を多く含む白米、麺類、パンといった食品の摂取を減らし、タンパク質や脂質を多く含む肉、魚、卵、チーズ、豆類や、野菜の摂取量を増やす。数年前にマスコミで数多く取り上げられ、ブームになった。一方で偏った食事による弊害も指摘され、2018年には医学誌「ランセット」に、炭水化物からのエネルギー摂取割合が低くても高くても死亡リスクが増加することが報告され、総摂取エネルギーに占める炭水化物の割合が40%未満の人は死亡リスクが20%アップしていた。

「メタボ」
 メタボリックシンドロームの略称。「内臓脂肪型肥満」と、「高血糖」「高血圧」「脂質異常症」のうち2つ以上の症状が一度に出ている状態を指す。心筋梗塞や脳卒中といった動脈硬化性疾患の発生リスクが高まるため、2008年4月から特定健診制度がスタートした。「腹囲」「BMI値」「血糖値」「脂質」「血圧」「喫煙習慣」の6項目によって判定されるが、その診断基準値についてはさまざまな意見がある。

「ピンピンコロリ」
 病気に苦しむことなく元気に長生きし、亡くなる直前まで元気に活動してコロリと死ぬことを表す標語。1980年に長野県で考案された健康長寿体操が、1983年の日本体育学会で「ピンピンコロリ(PPK)運動について」と題して発表されたことで広まった。理想の死に方の代名詞にされることも多い。

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