医師が提言 寝たきりなし「ピンピンコロリ」の理想と現実

ピンピンコロリが理想だが…
ピンピンコロリが理想だが…(C)PIXTA

 寝たきりになって連れ合いや子供に迷惑をかけたくない。老後は最期まで元気に過ごし、死ぬ時は静かに息を引き取りたい。それを理想とする中高年は多い。そのためにお金をかけてやりたくもない運動で汗を流し、食べたくもない食事を口にしている。しかし、お金をかけ、健康に気を使えば寝たきりなしのピンピンコロリを実現できるのだろうか? 「医療の現実、教えますから広めてください!!」(ライフサイエンス出版)の著者で、「武蔵国分寺公園クリニック」(東京・西国分寺)の名郷直樹院長に話を聞いた。

■ピンピンコロリは東大入学より難しい

「私は350人以上の患者さんを自宅でみとってきました。寝たきりにならずに亡くなった人はゼロ。死ぬ前に短くて数カ月、普通は数年、長ければ十数年寝たきりになります。それを避けるために、どんなにお金をかけて健康に気を使っても逃れることはできません。ピンピンコロリは運次第。東大入学よりも難しいというのが実感です」

 ピンピンコロリに次いで理想とされる老衰死でも寝たきりは避けられない。「噛めなくなる」「飲み込めなくなる」高齢者は、BMI(体格指数)が亡くなる5年ほど前から落ちていき、2年ほど前になると不可逆的・加速度的に落ちていく。食事も亡くなる1年くらい前から減っていき、食べても栄養が体格を維持することにつながらなくなる。筋力が衰えるので普通の生活は困難になる。

 そもそも現時点で寝たきりにならないための努力といっても確立した方法は存在しない。少なくとも医学的コンセンサスを得たものはないのだ。

 にもかかわらず、自由に動けて意思を伝えられる、残り少ない時と大切なお金を使ってピンピンコロリという奇跡を目指し生活するのはバカバカしいのではないか、と名郷院長は言う。

「私は、子育てや仕事を介して社会的責任を果たし終えた人たちは、残りの人生を自分の好きなこと、輝けることに費やすべきだと思います。旅行でも絵でも好きなことをすればいい。どんなに立派な人であってもいつかお風呂もトイレも食事も他人の介助なしにはできなくなります。おむつが手放せなくなり、自分の意思すら伝えられなくなるのです。亡くなる前の一時期はそれが自然だと今から覚悟すべきです」

 それは医学データが物語っている。2016年のデータによると、日本人の平均寿命は女性が87.14歳、男性が80.98歳で男女とも世界一。健康寿命も女性で74.79歳、男性で72.14歳である。01年の健康寿命は72.65歳、69.41歳だから、健康寿命も延びていることがわかる。しかし、その一方で寝たきりを含めた不健康だと感じる期間もまた延びている。

「平均寿命マイナス健康寿命イコール不健康寿命と考えると、01年では女性の不健康寿命は12.28歳、男性は8.67歳。16年ではそれぞれ12.35歳、8.84歳と延びているのです。この間、喫煙率は大きく低下しメタボの人も減っています。多くの人が健康を心がけているのです。にもかかわらず不健康寿命が延びているのは、努力して健康的な生活を続けても不健康だと感じる時期の始まりを先延ばししているに過ぎないからです」

■高齢者が必ず病と闘う必要があるのか

 高齢者の中にはがんになったらどうしようと心配する方がいる。しかし、がんの痛みをコントロールできるのなら、がんで亡くなる方が幸せと考える医療関係者は多い。寝たきり期間が短く、亡くなる直前まで意識がしっかりしているケースが多いからだ。

「“調子が悪いので診てください”と言ってきた80代の男性患者は末期がんで数日後に亡くなりました。子供が小さく、家族や会社への責任がある若い人はがんと闘わなければなりません。しかし、子育てを終え、会社を勤め上げた人にとって、がんは悪い病気ではないかもしれません。例えば、85歳の人が胃がんの早期がんになったとしましょう。通常、早期胃がんの5年生存率は50%ほど。一方、85歳の人の平均余命は6年余りです。どちらも91歳前後で半分近くが亡くなる可能性が高い。そう考えれば高齢者が必ず病と闘う必要があるのか、考える必要もあるのではないでしょうか」

 年を取ってお金がないという人もいるが、その場合は、国や自治体に堂々と頼ればいいと名郷院長は言う。

「日本国民は憲法により健康的で文化的な必要最低限な生活を保障されています。長い間しっかり働き、真面目に税金を納めるなど、義務を果たし、国に尽くしてきた高齢者はそれをもっと主張していいのではないでしょうか。人生には運・不運があり、不運にもお金を残せなかった高齢者もおられると思います。そういう人は恥じることなく生活保護制度など公的支援を求めればいいと私は思います。国や自治体はそうした高齢者に報いる義務がある。働いて税金を納めている間だけ生活を保障してやる、なんてことではないと思います」

 健康に生きることは大切だが、人生は、そのためだけにあるのではない。

 老後の生活で真剣に考えるべきは、「自分は何のために生まれてきたのか?」ではなかろうか。

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