がんと向き合い生きていく

かつて温熱療法の臨床試験を行ったところがん患者の生存期間は有意に長かったが

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 寒い日が続く中、温かいお話をしましょう。

 がんは正常細胞よりも熱に弱い――。このことは昔から知られていました。がん細胞は42度以上、43度になると壊れていきます。

 以前、私たちはこの性質を利用して臨床試験を行ったことがあります。なかなか治療効果が得られ難い進行胆のうがんに対して、「温熱・化学・放射線の3者併用」と「化学・放射線の2者併用」とを比較しました(無作為化比較試験ではありません)。実際には、胆のうの部位にサーモトロンRF8という機械を外部から当て、病巣部にはセンサー針を挿入して42~43度の40分加温を確認し、これを週1回、放射線治療の直後に化学療法点滴と同時に行いました。その結果、3者併用群の平均生存月数は9・0±6・4で、2者併用群の5・5±4・4より有意に長かった(p<0・01)のです。

 しかし、時間がかかって患者さんの負担が増えること、そして放射線をより有効に当てられる強度変調放射線治療などの装置が開発されたことなどから、現在は私たちのところでは温熱療法は行っていません。全身の温熱療法は、体の深部まで温めるため、全身麻酔などで実施されることから患者さんの負担になるなどの問題点があり、いまは一部の施設でのみ行われているようです。

 温熱療法の局所・領域加温に対しては保険適用があります。しかし、温熱療法は日本ではがん治療における標準治療としての位置づけが明確にされていないこともあって、それほど普及してはいません。

 また、補完代替的な治療として、いろいろな方法で行われている現実もあります。

 日本ハイパーサーミア学会では、温熱療法のさらなる普及や診療レベルの均てん化のために、テーマとして「エビデンスに基づく温熱療法」を掲げ、診療ガイドラインの存在が不可欠であるとして現在作成中のようです。

 温熱療法として体を温めるとはいっても、温泉に入ってがん細胞を殺すまで温めることは無理なのですが、私は、かつて「末期がんが治った」と話題になった秋田県の玉川温泉を見に行ったことがあります。駐車場に止まっているクルマのナンバーを見ると、全国各地から患者さんが訪れていることを示していました。

 あの時は初夏でしたが、ゴツゴツした岩の間からモウモウと水蒸気が湧き、硫黄のにおいが充満していてそれなりの雰囲気がありました。ここの温泉は酸性が強い点が特徴のようです。

 ところが、温泉につかる人よりも岩盤浴ができるテントに向かう人が多く見られました。岩から微量の放射線が出るらしいのです。

 私にはこれががんに効くとはとても考えられないのですが、ゴザやシートを包んで持ち、あるいは肩に掛けてテントの方に向かう人、戻ってくる人の列がありました。

 私はこの無言の列を遠くから眺めていました。楽しんでいるのなら良いのだが、頭を下げて前かがみになった方々は、悲壮な気持ちでおられるのではないか……と複雑な思いに駆られました。

 温泉といえば、がん対策の会議でご一緒させていただいた評論家の俵萌子さんが参加されていた「1・2の3で温泉に入る会」を思い出します。「乳がんで乳房のない女性が7~8人一緒になって温泉に入る会なのです」と、とても楽しそうに話してくださいました。

 温泉でがんそのものが悪化する、増殖するということはありません。ただ、全身の状態が悪く、あるいはつらい状況の方では、体力がもっと消耗してしまうことが心配です。むしろ温泉は、リラックスできて、癒やされて、楽しく、免疫力を上げることができるかもしれません。ですから、がん患者は普通の温泉は禁忌ということはないと考えます。

 私が卒業した小学校の近くには「不老・ふ死温泉」というウソに決まっている名前の温泉があります。そこは波打ち際にあり、日本海に沈む夕日がとてもきれいな温泉です。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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