WHO推奨は1日5g未満だが…日本人は本当に塩分過剰なのか?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「健康のため塩はなるべく取らない方がいい」「日本人は塩の取り過ぎだ」――。健康に敏感な人なら一度は聞いたことがある話だろう。事実、日本人の平均塩分摂取量(2012年)は成人男性で11.3グラム、成人女性で9.6グラム。米国人の平均8グラムより多い。世界保健機関(WHO)は成人1日あたりの食塩摂取量は5グラム未満、日本高血圧学会の高血圧量治療ガイドラインでは6グラムを推奨している。しかし「塩分を減らせば病気リスクが下がる」という話はそもそも本当なのか? 元順天堂大学大学院加齢制御医学講座教授で、「すごい塩」(あさ出版)の著者でもある「お茶の水健康長寿クリニック」(東京・御茶ノ水)の白澤卓二院長に聞いた。

■減塩すると心筋梗塞などが増えるとの研究も

「いま、世界中で減塩が叫ばれているのは、食塩の過剰摂取が高血圧を呼び、結果的に脳卒中や心筋梗塞を増やすとの考え方が主流だからです。しかし、これにはエビデンスがありません。少なくとも食塩の過剰摂取がすべての人の血圧を上げるというのは間違いです。確かに日本人全体の1~2割は塩分を取ると血圧が上がる塩分感受性の高い人です。だからといってすべての人が減塩する必要はなく、人によっては減塩はかえって不健康との研究もあるのです」

 その根拠とされるのが1988年に発表された「インターソルトスタディ」だ。ロンドン大学などが共同で日本の大阪や富山、英米など世界32カ国52地域で実施した疫学研究で、「1日の塩分摂取量が6~14グラムの人は塩分摂取量と高血圧に相関関係がない」という結果だった。

 また、2014年には世界最高峰の医学雑誌「ニューイングランドジャーナル」に食塩摂取量と循環器疾患の発症や死亡との関連を調べたコホート研究(PURE研究)が発表された。世界17カ国に住む35~70歳のおよそ10万人を対象としたもので、ここでも1日7・6~15・2グラムの塩分摂取を基に考えると、それ以下でも以上でも問題があることが示された。

「塩の主成分であるナトリウムが血圧を維持しているならば、むやみに減塩して必要なナトリウムを得られなくなると、生命維持に必要な、全身に血液を巡らせるための血圧が保てなくなります。そうなると血液が固まりやすくなったり、認知機能に影響が出たり、体のだるさや筋力・気力の低下、立ちくらみの症状を引き起こしたりする可能性があります。塩には体温を保つ働きがあるので、冷え性や下痢などのほか、感染症が発症しやすくなる可能性もあるのです」

■戦後“悪役”になったのはなぜか

 そもそもこうした大規模疫学研究が発表されたことを受け、欧米では近年「塩分取り過ぎは本当か」との議論が活発になされている。にもかかわらず、日本ではこれまでの理論に矛盾しない研究ばかりを重視して一律に減塩を強いるのはいかがなものか、と白澤院長は言う。

 塩は英語でソルトと呼ばれる。これは「サラリー(給料)」の語源とされている。古代ローマでは塩は命をつなぐ必需品でありながら貴重だったため、兵士への給料として払われていたからだ。

「本来、塩は海水から作られていて、その成分は海の環境により変わるとはいえ、おおよそ塩化ナトリウム77.9%、塩化マグネシウム9.6%、硫酸マグネシウム6.1%、硫酸カルシウム4%、ほかに人体が必要とするミネラル成分で構成されています。地球上には92種類のミネラルが存在し、ほとんどの生物は約30種類のミネラルでできているといわれています。そのうち1日100ミリグラム以上の補給が必要なものを必須ミネラルといい、海水には16種類の必須ミネラルが含まれています。だからこそ塩は生きるために欠かせないのです」

 その塩がなぜ“悪者”になったのか?

「キッカケは戦後の日本で塩の消費量と高血圧・死亡率を調べたダール博士の研究にあります。青森県に住む人が鹿児島県在住の人に比べて塩を2倍多く使い、高血圧・死亡率も2倍高かったため、『高血圧の発症は塩の取り過ぎが原因』と結論付けたからです」

 さらに、1972年にメーネリー博士が10匹のラットに塩分の多いエサと飲み水を与えたところ10匹中4匹が高血圧になった。その研究が「塩は悪い」という風潮に拍車を掛ける形になったと白澤院長は言う。

「しかし、ダール博士の研究はデータの取り方がずさんであり、メーネリー博士の実験は人間に置き換えると1日500グラムの塩を与えることに等しいもので現実味がありません。また、逆に6割のラットは塩を大量に取っても高血圧にならないという意味にも取れるものです」

 岩塩や海水から作られている欧州の塩に比べ、私たちが日常的に使っている工業的に作られた精製塩は99・9%が塩化ナトリウム。ミネラル分はもちろん、ナトリウム排泄に必要なカリウムがほとんど含まれない。そのことも関係しているのではないか、と白澤院長は言う。ナトリウムの排泄に関係する腎臓の機能が低下している人は減塩が必要だとはいえ、欧米では結論が明確に出ていない減塩運動。敏感になり過ぎる必要はないのかもしれない。

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