がんと向き合い生きていく

「医師の思い」と「患者の思い」は対等ではない現実がある

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 肺がんの治療を行っている、農業を営むCさん(58歳・女性)との診察室での会話です。

「お元気そうですね。採血の結果も悪くないですよ」

「先生、私は先生の前では元気そうにしているけど、家に帰ったら本当はぐったりなの。主人からは『そんなにぐったりしているなら、抗がん剤を飲まないで休んでみたら?』と言われるんです。でも、治療を止めたら病気は進むのでしょう?」

「ちょうどこれから2週間、休薬期間に入りますから、その間どうだったか教えてください。だるさはどうか、食事はどうか、手帳にでも付けてみてください」

「ありがとうございます。そうします。久しぶりに街に出たら、世の中、みんな元気な人ばかり。羨ましいわ」

「元気そうに見えても、それなりに病気を抱えている方もおられるのですよ」

 スーパーの支店長を務めるSさん(45歳・男性)は、胃がん手術1年後に、腹腔内のリンパ節転移が出現して再発、抗がん剤の点滴と内服治療を行いました。約半年でリンパ節転移は消え、抗がん剤治療は内服のみとなり、それから2年間、再発はありません。

「抗がん剤内服は終わりです。2年間ご苦労さまでした。外来診察は、これまでの2週に1度から3カ月に1度としましょう。よかったですね」

「これまで通り2週間に1度通院させてください。先生が離れていくみたいで不安です。3カ月も先生に会わないでいなければならないのですか?」

「いえいえ、何かあったら遠慮なく連絡してください。3カ月経たなくても診察しますよ」

 Sさんが帰ってから私は思いました。

「医師は『何かあったら連絡してください』と話すが、患者は家に帰って『何かあったらと言ってくれたけど……でも、こんなことで連絡してもいいものか? どんなことがあった時に連絡するのか?』と迷うのだ」

■「先生にお任せします」と口にはしても…

 患者と医師は対等とはいっても、その立場は最初から違っている現実があります。患者はがんと診断されると、時々死を頭に浮かべ(その必要がない場合でも)、人生設計を変えなければならないかもしれないと考えてしまうのに、医師自身は“死の安全地帯”にいて、目の前の患者は自分が担当する数十人のうちのひとりでもあるのです。

 医師は時間を取り、たくさん説明し、質問を受け、「患者に治療内容を十分理解いただいた。インフォームドコンセントがしっかり行われた」と思ったとしても、患者の心の中の思いは一人一人違います。

 手術を前にして、医師は最悪の場合を想定して合併症などの説明もします。患者は「お任せします」と口にします。中には「先生に命を預けます。どうなっても文句は言いません」とまで言われる方もいます。

 しかし、それは「手術がうまくいきますようにお願いします」と言っているわけで、言われた通り「どうなっても文句は言わない」ということではありません。患者の頭の中で「良い結果」を想定しての言葉なのです。良い医療をしていただくために、医師の機嫌を損ねたらいけない……と気遣ったりもするのです。

 例えば担当医は、自分が勧める治療法について患者になかなか納得していただけない場合、むしろセカンドオピニオンで他院でも説明してもらった方がより納得していただけるのではと考えることもあります。ところが、患者は「セカンドオピニオンで他院に相談したい気持ちはあるが、それを言うと担当医を信頼していないみたいに思われるのではないか」と心配される方も少なくありません。

 患者と医師の思いがその時その時で違っていても、何でも話せる雰囲気があり、医師がずっと一緒に悩み、一緒に歩いてくれる。患者にそう感じてもらうことがとても大切であると思います。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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