マラソンで命落とすことも…ランナーの事故と対策を知る

2018年の東京マラソン
2018年の東京マラソン(C)日刊ゲンダイ

 3月3日の東京マラソンをはじめ、多くのマラソン大会が開催される季節がやってきた。毎日走ってきた中高年のなかには参加予定の人も大勢いるはずだ。しかし、レース前にはキチンとした健康診断を受けた方がいい。初心者はもちろん、ベテランランナーでも思わぬ事故に遭いかねない。

 昨年11月下旬に行われた都内の市民マラソン大会。ゴール直後に40代半ばの男性が胸を押さえて倒れ込んだ。

 心肺停止状態のこの男性は「永岡クリニック」(東京・江東区)の永岡康志院長が心肺蘇生とAED(自動体外式除細動器)作動など適切な処置を行ったおかげで一命を取り留めた。しかし、迅速な対応がなされなければ、亡くなるか、重篤な後遺症が残った可能性が高かったという。

「この男性は中肉中背で持病はありませんでした。前回大会も完走し、日々トレーニングを積んでいて、今回もいつも通りに走っていたそうです」(永岡院長)

 後でわかったことだが健康にみえたこの男性には自身も知らない心尖部肥大型心筋症が潜んでいた。

 心筋とは心臓の筋肉のこと。心筋症とは心筋の伸び縮みがうまくできなくなる状態をいう。心臓は全身に血液を送り出すポンプ役で心筋が伸びた状態で血液を受け取り、縮むことで全身に血液を送り出す。心筋症になると血液をスムーズに送り出せなくなる。東邦大学名誉教授で、平成横浜病院総合健診センターの東丸貴信医師がいう。

「心筋症の大半は原因不明の『特発性』で心筋が厚くなる『肥大型』はそのひとつです。そもそも心臓は4つの部屋に分かれていて上の2つは心房と呼ばれ、血液が入ってくる場所で、下の2つは心室と呼ばれ血液を送り出す場所です。全身に血液を送り出す左心室の心筋はとくに厚い。肥大型心筋症のなかでも左心室の出口にあたる左心室中隔がとくに肥大する閉塞性では、心筋が収縮した時に血液の流れが妨げられるため運動した時などに胸痛や息切れがあらわれます」

 一方、全周性に肥大化する「非閉塞性」のうち心臓の心尖部がとくに肥大するのが心尖部肥大型心筋症だ。

「この病気は一生何の問題も起こさずに過ごす人が大半ですが、激しい運動による、危険な不整脈などで突然死につながる可能性があるのです」(東丸医師)

■レースには普段と違ったストレスが

 自覚症状がない病気だが、ほとんどは12誘導心電図で見つかる。

「確定診断には心エコー検査が必要ですが、疑いを告げられてもそれを行わない人も多い。そのため本人が病気を認識せずにマラソンに出るケースがあるのは残念なことです」(東丸医師)

 そのせいだけではないが、1992年から2011年8月までの国内のマラソン大会では127人の選手の心臓が止まったという。

「冠動脈や脳動脈が硬化したり狭くなっていれば、マラソンによる過度のストレスや脱水で血液が固まりやすくなると急性心筋梗塞や脳梗塞を生じる可能性があります。また、酸化ストレスと心筋の酸素需要の増加や交感神経の活性化による心拍数や血圧の上昇によってこの危険度は増します」(東丸医師)

「日頃走らない」「過度な肥満」の人は当然だが、ベテランでも危険はある。

「マラソンは直接的に心筋障害を起こすことがあります。これはマラソン後に心筋壊死マーカーである心筋トロポニンの上昇で証明されています」(東丸医師)

 心筋トロポニンとは心筋由来のタンパクで、血液中に増えると「心筋破壊」か「これを代謝する腎臓機能低下」が疑われる。

「マラソンをすると心拍数増加や血圧上昇などで心機能が落ち、心不全や不整脈が起きることがあります。もともと心疾患がある人に多いものの、高齢者や糖尿病など生活習慣病のある人では症状がなくても心臓予備力が落ちているので注意が必要です」(東丸医師)

 まして大会は普段と違うストレスがかかる。

「生活習慣病のある人、40歳以上で血圧130/80㎜Hg≧、あるいは45歳以上の男性や、50歳以上の女性は、心電図、負荷心電図、心エコー検査、軽度動脈超音波検査を受けて虚血性心疾患、弁膜症心筋症、不整脈などの心疾患や脳動脈硬化がないことを確認しましょう。高血圧の人は治療を受けて血圧コントロールをしてもらう必要があります。65歳以上の高齢者は頭部MRIやMRAで脳梗塞や脳動脈瘤の有無をチェックするのも忘れずに」(東丸医師)

 腎臓が気になる人は脱水に注意し、レース前後は水分を多めにとる。マラソン後は一時的に腎機能が低下するため、むちゃな飲食は控えることだ。

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