昨年11月末、京都大付属病院が心臓手術で起こった死亡事故を公表しました。6月に大動脈弁狭窄症だった60代の女性に対して人工弁置換術を実施した際、心臓内に挿入する肺動脈カテーテルを右房壁に縫い込んでしまい、引き抜こうとしたところ右房が大きく裂けて大量に出血。脳への血流が低下して低酸素脳症を起こし、意識が回復しないまま患者は4カ月後に亡くなりました。
事故発生後、京大病院は調査委員会を設置して外部の専門家による検証と分析を受け、「今後の医療安全の向上につなげるために、心臓手術時の肺動脈カテーテル使用に関するガイドラインの作成などに尽力することが本院の務めであると考えております」と発表しています。
肺動脈カテーテルは、心臓の状態を監視するために使われる直径約3ミリのチューブで、先端にセンサーが付いています。発表では、カテーテルを肺動脈まで挿入しようとしたところ届かなかったため先端を心臓の右房に置いたまま手術を行い、誤って右房壁に縫い付けたまま胸を閉じたことにより事故につながったとしています。
今回のようなカテーテル縫い込みによる死亡事故は、かつて群馬大付属病院でも起こっています。決してあってはならない事故ですし、さらなる再発予防の徹底が求められます。そのためには、外科医の労働環境を見直すことも必要です。
たとえば、国公立大学の付属病院では、時間外の手術になると看護師が帰宅してしまう場合が少なくありません。「本日の勤務時間は終わりましたので、後はよろしくお願いします」といった感じで医師だけを残して帰ってしまうのです。
手術はチームプレーですから、看護師が不在となると手術現場の“流通”が悪くなります。外科医にメスや鉗子を手渡す器械出し、手術に使用する医療機器の準備や設置、操作など、普段は看護師が担当している作業を不慣れな医師が行わなければなりません。当然、器械の置き忘れなどのトラブルが発生しやすくなるのです。
■周囲がストップをかけられるかどうかも重要
私がいまの順天堂医院に来た時もそれに近い状況にありましたが、「それだけは絶対にやめてほしい」と強く要望して、必ず看護師を残してもらう体制を整えてもらいました。「餅は餅屋」といいますが、それぞれが責任を持って、自分の持ち場を徹底して守ることが医療安全の観点からもより良い結果につながることははっきり分かっています。しかし、そんな単純なことでも徹底できていない施設が残念ながらまだあるのです。
小さな当たり前のことができていない状況が積み重なり、大きなミスにつながってしまう。京大病院の職場環境がどのような状況なのかはわかりませんが、少なからずそれに該当するような部分があったのではないでしょうか。
また、医療事故を防ぐためには、手術を行うチーム内に「やってはいけないこと」を確認し合える関係性があるかどうかも大切です。国際的な病院機能評価機構「JCI」(世界基準で患者の安全性が確保されているか、適正な高度医療が提供されているかを詳細な項目で厳格に評価する非営利団体)では、「医師の資格認証」という項目が評価対象のひとつになっています。経験値などを考慮してその医師がその処置を行ってもいいかどうかをきちんと確認すること、大きなトラブルにつながる可能性がある処置をする際は単独ではなく複数の医師で当たることなどが求められます。
医療事故が起こる背景には経験や資格が不十分な医師が対応しているケースも少なくないのですが、それを周りが止められない状況である場合もあります。本来であれば、経験や資格がない医師がリスクがある処置を行おうとした際に、周囲のスタッフが「先生、ひとりでやらないでください」といったようにストップをかけなければいけません。チームにそうした声をかけられない空気があると、医療事故につながる可能性が高くなってしまうのです。
能力と経験のある医師がきちんと点検をしながら手術を進めれば、今回のような事故は起こりえません。しかし、起こってしまったということは、どこかしらの点検が足りなかったということです。
あってはならない医療事故を防ぐためには、小さな「当たり前」を徹底していくことが大切なのです。