がんと向き合い生きていく

医師に不信感を抱いた患者が治療に納得するのは難しい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 飲食業に従事するKさん(58歳・男性)は、特に症状はなかったのですが、健康診断で食道がんが見つかりました。病期はⅡ期と診断され、手術前化学療法を行った後、手術でがんと周囲のリンパ節を切除しました。

 担当のS医師は「手術は完璧でした。手術後の抗がん剤治療は必要ありません」とKさんに話したそうです。しかし、1カ月後の外来でこう告げられました。

「病理の結果が出ました。リンパ節の2カ所にがんの転移が見られました。組織型が増殖の速いタイプなので、再発予防のため、念のためですが化学療法を行っておいた方がよいと思います」

 Kさんも了解し、外来で3週に1回、点滴による抗がん剤治療が合計4回行われました。Kさんは、抗がん剤投与後の2~3日は嘔気、食欲不振、不快感に耐え、予定の治療は終了となりました。

 抗がん剤治療が終わって1カ月が経過し、がん再発がないことを確認する目的で全身のCT検査が行われました。ところが、CTで両側の肺と腹腔リンパ節に多数の転移が認められたのです。S医師は早い転移に驚き、すぐにKさんにそのことを伝えて、今度は新しい薬で治療することを勧めました。

 Kさんは愕然としました。最初は「手術は完璧で手術後の化学療法はいらない」と言われ、病理の結果が出たところで「再発予防、さらに念のため」ということで抗がん剤治療を行いました。その副作用にも耐えて頑張り、「もうこれで抗がん剤治療とは縁が切れる。完全に大丈夫」と思ったのに、今度は「肺と腹腔リンパ節に転移」と告げられたのです。それも当然でしょう。

 S医師の説明を受けたKさんは、そうなのかもしれないとは思いながらその場は引き下がりましたが、「どうして自分の場合はそうだったのか」と納得できませんでした。そして、「何かミスがあったのではないか」「S医師は何か隠しているのではないか」「新しい薬を使うというが、このまま任せて本当に大丈夫なのだろうか?」と思うようになりました。

 Kさんからこの話を聞いた私も驚きました。S医師から資料を提供してもらって、他院でのセカンドオピニオンを受けることを勧めました。そこで、もしミスがなかったことが判明すれば、Kさんは納得されるのではないかと思ったのです。

 すぐにKさんは、S医師からG病院を紹介してもらいセカンドオピニオンを受けました。G病院の担当医からは「たちの悪いタイプのがんなのです。ミスはないし、S先生はしっかり治療されています。それより、新しい薬で早く治療してもらった方がいいですよ」と言われたそうです。

 しかし、Kさんにはまた疑問が残りました。G病院の担当医の答え方がいかにも簡単で、初めからS医師を支持するような態度だったと感じたというのです。

「セカンドオピニオンで相談する医師は、自分で探すべきだった。きっとG病院の担当医はS医師と知り合いで、医師同士でうまくやっているのではないか?」

 私は、治療に問題がなかったとしても、いったん不信感を抱いてしまったKさんが心から納得するのはなかなか難しいだろうと思いました。

 その後、Kさんは新しい薬の治療を受けながらも、S医師を心からは信頼できていないようでした。私はさらに別の病院でのセカンドオピニオンを受ける手もあることを話しましたが、Kさんはそのまま別の病院には行かずに治療を受けました。結局、3回目の治療後のCT検査で、肺転移と腹腔リンパ節は小さくなっていて、KさんもS医師もホッとしたということです。

 まれなことですが、予想に反して病気が悪い方へ悪い方へと進む場合もあります。患者さんは「たとえ十分に納得できなくても、結果よければおおかたよし」ということもあるでしょう。それとは逆に、病状が予想外に悪化した時に患者さんが納得できるかどうかは、なかなか難しいということを実感しました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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