Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

私自身がんになって<5>放射線ではなく手術を選択した理由

菅原文太さんと
菅原文太さんと(提供写真)

 年末に早期の膀胱がんを自分で発見して、治療を受けました。腫瘍は15ミリで、粘膜の表面にとどまっていたため、内視鏡で切除しました。

 膀胱がんは、肉眼的、顕微鏡的な血尿が8割に見られます。それが早期発見のカギですが、私は陰性でした。これは例外的で、膀胱がんの症状で一番多いのは、「痛みのない血尿」です。菅原文太さんも血尿がキッカケで病院に来られました。

 文太さんは、検査の結果、2~3センチの大きさに進行した「浸潤がん」。がんのタイプも一番タチの悪い「グレード3」でした。別の病院で内視鏡でできるだけ残さず切除されていましたが、そのまま放っておくと再発はもちろん、転移する可能性も高く、膀胱全摘を勧められたそうです。

 膀胱を全摘すると、尿をためられなくなり、お腹に穴をあけてビニール袋に尿をためるのが一般的です。しかし、私の外来にセカンドオピニオンを求めに来られた文太さんは、診察室でこう言われました。

「立ちションベンができないようじゃあ、菅原文太じゃねえ!」

 そのビニール袋が「美的ではなかった」ことも、手術をためらった理由のひとつだそうです。文太さんの「切りたくない」という気持ちを察して、膀胱温存療法を勧めました。

①まず、内視鏡による経尿道的膀胱腫瘍切除術を行い、②骨盤部へ通常の放射線治療と同時に、「動注化学療法」を3回行います。動注化学療法は細い管を両足の付け根から膀胱付近の動脈に挿入し、抗がん剤を動脈に直接注入するというものです。③その後、がん病巣が消失していた場合には、④元の腫瘍のあった部位に再発予防で陽子線治療を11回追加する、というもの。③の時点で腫瘍が残っていた場合は、膀胱全摘術を行いますが、文太さんの場合には、完全に消えていました。

■陽子線並みの「線量集中性」も

 文太さんが最初に受けた放射線は「X線」。いわば強い光で、放射線治療のほとんどが、このX線で行われます。光には質量がなく、体を突き抜けてしまいます。がん病巣に照射しても、そこを突き抜けて体の他の部分にも当たることが副作用の原因です。

 ところが、陽子には質量があります。定めた目標で止まり、そこから先に影響を及ぼすことがほとんどありません。ダンプカーが壁に当たると止まるようなもので、ピンポイントにがん細胞だけを狙い撃ちできます。

 厳密には無限に照射できませんが、もし、放射線を完全に、がんにだけ集中できれば、周りの正常の細胞は影響を受けません。無限に放射線をかけられます。

 陽子線治療を行える病院は少なく、膀胱がんには保険も利きませんが、現在では、X線でも、陽子線並みの「線量集中性」が実現できるようになっています。

 私も、「なぜ放射線治療を受けなかったのか」と尋ねられることがあります。メディアなどで放射線治療を勧めながら、自分は手術を選んだのは、「言行不一致だ」というわけでしょう。

 私が受けた「経尿道的膀胱腫瘍切除」は治療の意味もありますが、何よりがんの進行度と悪性度を確認するための「検査」なのです。私の場合、結果的に追加措置が不要だったので、経過観察になっていますが、再発したら放射線治療も選択肢になると思っています。

 現状の報告は終わりますが、何か変化がありましたら、随時ご報告します。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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