天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

東大病院のマイトラクリップによる死亡事故で考えられること

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 昨年末に心臓手術での死亡事故が発覚した京大付属病院に続き、今度は東大病院で死亡事故が起こったことが明らかになりました。

 昨年9月、拡張型心筋症と僧帽弁閉鎖不全症を患っていた41歳(当時)の男性患者に対して行われた「マイトラクリップ」と呼ばれる最先端のカテーテル治療が術中に中止され、男性患者は術後の10月に亡くなりました。東大病院は日本医療安全調査機構に報告して審査を受け、東京都は立ち入り検査を行って安全が確認できるまでマイトラクリップによる手術を中止するよう指導しています。

 拡張型心筋症は心臓が通常より肥大化して血液を心臓からうまく送り出せなくなり、うっ血性心不全を起こして突然死を招くこともある疾患です。僧帽弁閉鎖不全症は心臓の中にある僧帽弁がうまく閉じなくなって血液が逆流してしまうもので、拡張型心筋症が進んだ患者さんに起こりやすい疾患です。

 僧帽弁閉鎖不全症が進むと、心房細動を発症して慢性心不全に移行したり、ペースメーカーが必要になるような不整脈を起こします。さらに重症化すると発症から10年間で9割が心臓死するか、外科手術を受けるほど悪化してしまいます。

 そんな僧帽弁閉鎖不全症の進行を食い止める新たな治療法として期待されているのがマイトラクリップです。先端にクリップの付いたカテーテルを下肢の静脈から挿入して左右の心房間を通過させてから僧帽弁に到達させ、ずれてうまく閉じなくなっている2枚の弁の両端をクリップで留める処置を行います。これによって血液の逆流が改善されれば、心臓の負担が軽減されて心不全への移行を食い止めることができるのです。

 開胸する必要がないので患者さんの負担が少なく、外科手術のリスクが高い患者さんも受けることができる画期的な治療法です。昨年4月から日本での保険適用が始まり、すでに全国の大病院で実施されています。順天堂医院でもこれまで4例が行われ、すべて問題なく経過は順調です。

 東大病院は今回が6例目だったといいますが、男性患者が亡くなった原因は、手技そのものによる合併症ではなかったようです。予想されるケースはいくつかありますが、まず患者さんの心臓の状態がマイトラクリップを行う段階よりも悪すぎたという印象です。

■特別な手技の行程に問題があった可能性も

 そのうえで、心房中隔に穴を開ける「ブロッケンブロー法」という特別な手技の行程に問題があったことも考えられます。僧帽弁は左心房と左心室の間にあります。クリップの付いたカテーテルを下肢の静脈から挿入してそこまで到達させるには、まず右心房に入ってから心房の壁である心房中隔に穴を開け、その穴から左心房に進める行程が必要です。

 心臓を動かしたまま心房中隔を穿刺するので、医師の経験値が求められます。かつてはレントゲンのみを見ながら行われていたので難易度の高い手技でしたが、近年は心臓のすぐ後ろ側を走っている食道側から直接心臓をモニターできる経食道心臓エコーや、先端にさまざまなセンサーが付いたカテーテルなどの進歩によって、以前よりは安全に行えるようになりました。

 それでも、心房中隔の弾力性によって穿刺しづらい患者さんがいたり、少しずれた場所を穿刺してしまうと大動脈に刺さって大量出血してしまうケースもあるため、やはり医師の経験値は重要です。私が順天堂医院に赴任した02年ごろに同様の事故があったことで、それ以来、ブロッケンブロー法による治療は一切行われなかった時期がありました。

 今回、亡くなった男性患者は肺に傷がつく気胸を起こしていたので、穿刺の過程で何らかのトラブルがあったのかもしれません。

 次回もマイトラクリップについて取り上げます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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