がんと向き合い生きていく

最期まで治療するという「自分らしい生き方」の選択肢はないのか

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

「抗がん剤は効かなくなりました。がんの治療は終わりです。もうこれまでのように頑張らなくていいのです。どうぞ自分らしく生きてください」 大腸がんで、肺に転移が見つかったFさん(47歳・女性)は、担当医からそう言われたそうです。

 そんな言葉を聞いて、Fさんはこう思ったといいます。

「がんが肺にたくさんあるのに、治療しないで『自分らしく生きてください』と言われても、私は具体的にどう生きればいいの? 私はわずかでも希望を持って生きたい。治療せずに何もしないで死ぬのを待つだけなの? 医者は簡単に『自分らしく生きて』と言うが、それは治療を放棄する言い逃れではないのか。私は病気の進行を少しでも遅らせるために最期まで治療を受けたい。最期まで治療するという『自分らしい生き方』の選択肢はないの?」

 私はFさんの話を聞いて、認定NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML(コムル)」の初代理事長である辻本好子さんのことを思い出しました。

 辻本さんと私は2003年に「セカンドオピニオン」をテーマにしたNHK「生活ほっとモーニング」に出演したのが最初の出会いだったと記憶しています。

 その後、東京都立病院の倫理委員会などで時々お会いする機会がありました。また「病院探検隊」として私たちの病院に来ていただき、われわれが気づかない、患者目線による病院の改善すべき点を教えてくださいました。「命の大切さ」に基づき、正論をしっかりと話される方でした。

 以前、私は辻本さんが乳がんの手術後であることを本人から聞いていました。さらに2010年11月29日の東京都立病院倫理委員会終了後、都庁から新宿駅に向かう帰り道で、「私、胃がんなの……。今、抗がん剤治療で……」と打ち明けられました。

■生きる希望を継続したいと積極的な治療を望む患者もいる

 辻本さんが胃がんとは……。私は、その時は「必ず応援する」と約束して駅で別れました。さっそく、私は拙著「がんを生きる」を辻本さんに送りました。

 次のCOML理事長になった山口育子さんは著書「賢い患者」(岩波新書)でその頃のことを次のように書かれています。

「辻本は最期まで抗がん剤治療を続けることを選択しました。2011年2月頃から腹水が溜まるようになったのですが、それは決まって休薬期間なのです。『やはり抗がん剤が効いている。それなら生きる希望を継続したい』と積極的な治療を望みました。(佐々木の本には)『最近は〈がんばらない〉の大合唱だが、がんばりたい人は、がんばってもいいじゃないか』というメッセージがちりばめられていました。それを読んだ辻本は『私はがんばりたい。私は最期まで治療を受けて、望みを捨てたくない』という勇気を得たのでした」

 本人を知る多くの関係者は、そうした話を後から聞いて驚かれたようです。何人もの方から「もう助からない状況になれば、積極的な抗がん剤治療は拒否すると思った」と言われたそうです。

 その年の5月、私がCOMLにうかがった時、辻本さんは食事が取れずに中心静脈栄養で、車いすに乗って笑顔で迎えてくれました。

 体調が悪くなってからでは副作用のある抗がん剤は無理とされていたころから時代は変わり、終末期でも続けられる副作用の少ない分子標的薬が開発され、さらに免疫チェックポイント阻害薬も出現しました。「最期まで治療をしたい」という生き方を希望するならば、その選択を尊重できる。終末期でもエビデンスのある治療法を選択できる。そのような時代になりつつあるようにも思います。

 辻本さんご本人の選択ではあったにしても、治療を続けることになって、私が苦労の後押しをしてしまったのではないかと考える気持ちもあります。ただ、終末期で「自分らしく生きる」とは、どの選択が正しいということはないと思うのです。

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佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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