天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

カテーテル治療のマイトラクリップは循環器内科が主導を

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 昨年9月、東大病院で行われた「マイトラクリップ」という最先端のカテーテル治療を受けた41歳(当時)の男性が亡くなる事故がありました。その患者は拡張型心筋症と僧帽弁閉鎖不全症を抱えていて、心臓の中にある僧帽弁がうまく閉じなくなって血液が逆流する状態を改善するために行われた治療でした。

 前回も説明したように、マイトラクリップは先端にクリップの付いたカテーテルを下肢の静脈から挿入して左右の心房間を通過させてから僧帽弁に到達させ、ずれてうまく閉じなくなっている2枚の弁の両端をクリップで留める治療法です。

 マイトラクリップが登場する以前の僧帽弁閉鎖不全症に対する治療は、まず薬物治療で経過を観察し、不整脈や心不全といった自覚症状が出たり、2枚の弁をつないでいる「腱索」という線維組織が切れて弁がそっくり返ってしまっているような重症な状態が心臓エコー検査でわかった段階で外科手術を行うのが一般的でした。

 しかし、患者の年齢や病状によっては開胸手術はリスクが高くなります。その点、カテーテル治療のマイトラクリップは開胸する必要がないので負担が少なく、外科手術のリスクが高い患者も受けることができます。

 また、僧帽弁の後ろ側にある弁=後尖がずれてしまっているタイプの患者に対しては、まだ重症になる前の段階でマイトラクリップを行うと進行を抑える効果が高い印象です。腱索が断裂する前の延長して弁が少しずれている段階でマイトラクリップを実施すれば、腱索の断裂を防いで重症化を抑えられるのです。

 つまりマイトラクリップは、非常に重症化している段階か、手術するには負担だけが大きい中程度の段階で導入することで、これまで予想されていなかったような治療効果を望める可能性が考えられるのです。まだ症例数は少ないのですが、これから海外を中心にした大規模な前向き臨床試験の結果が良い方向に向けば、さらに普及することが予想されます。

■日本の循環器内科医は世界的に見ても優秀

 とはいえ、普及するまでに検討しなければならない課題もあります。

 カテーテル治療であるマイトラクリップは循環器内科の領域ですが、外科が手掛けているケースがあるのです。現在、欧米などでも弁膜症のカテーテル治療を外科が行っているところはいくつもあります。ただ、日本の場合は、冠動脈疾患治療を高度なレベルにしてきた循環器内科が主導して行うべきだと考えます。

 脳外科のように血管造影検査の段階から脳外科が関わって、診断や治療の方法を構築してきた歴史があれば、外科医がカテーテルなどの血管内治療を主導することに異存はありません。しかし、心臓外科は違います。心臓治療の黎明期は外科が診断の段階から関与するケースもありましたが、冠動脈バイパス手術による治療が本格的に始まってからは、診断するのは内科、手術を行うのは外科という作業の分化が進みました。心臓エコーなどの検査機器が格段に進歩したことも、役割分担をよりはっきりさせる一因になりました。

 ところが、外科手術の対象となる患者が減っていることもあり、構築された内科と外科の役割を再び黎明期のように戻そうという動きが外科の中で出てきているのです。マイトラクリップを外科が手掛けようとするのもその一例といえるでしょう。これは今後、大きな問題になる可能性があります。

 日本ではこれまでずっと血管内治療は内科が行ってきました。医師の教育課程や経験からみても、マイトラクリップは内科医が主導するべきで、にわか勉強した外科医が手を付けるのは感心しません。血管内治療を手掛ける日本の内科医は世界的に見ても優秀なので、患者にとっても経験と実績のある内科の方が信頼できるといえます。

 順天堂医院ではマイトラクリップはすべて内科に任せて外科はタッチしていません。東大病院も内科が行っていたようですが、今後は、内科が行うのか、外科が行うのか、内科と外科の合同チームの場合はどちらが何を行うのかといった役割分担をより明確にする必要があるといえるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事