後悔しない認知症

「死にたい」という親に「そんなこと言うな」は禁句です

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「早くお迎えがきてほしい」

「生きていてもしかたがない」

 高齢者の中にはしばしばこんな言葉を口にする人がいる。こう言われるのは、子どもにとってはつらいことだ。もともと物事に対して悲観的な感情を抱きやすい人は、老化あるいは認知症発症によって、感情をコントロールできなくなると、こうした言葉を口にする傾向が強くなる。脳の老化や認知症の影響による、性格の「先鋭化」である。ただ、その原因が「老人性のうつ」である場合も多い。いずれにしても、経験の豊富な精神科医の診察を受けさせるべきだろう。

 認知症はともかくとして、老人性うつの場合は投薬によって症状がドラスチックに改善することが少なくないのだ。

■真正面から現実を受け止めること

 では、認知症によって「死にたい」の頻度が増えたようなケースでは、どう対応すべきだろう。高齢の親のそうした発言の原因はいくつか考えられる。「近親者や友人の死」「認知症以外の病気」「ペットロス」「体力低下」「意欲の低下」「生き甲斐の喪失」などさまざまだが、子どもが心得るべきは「親が『死にたい』を口にするほどつらいことがある」という現実を真摯に、真正面から受け止めることだ。仮に子どもの側に心当たりがまったくなかったとしても、である。

 子どもはその現実を無条件で受け入れて、寄り添ってあげるべきなのだ。基本はまず、親の話を聞いてあげること。悲嘆にくれる親の話を聞くことは、子どもにとって決して愉快なことではないかもしれない。論理性、整合性にも欠けることが多い。それでも話を聞いてあげることだ。

 きちんとうなずきながら話を聞いたうえで、子どもは「もし、死なれたら自分はとても悲しい」「生きていてくれるだけでうれしい」という思いを伝えるべきなのである。

 一度や二度のやりとりで親の「死にたい」がやむことはないだろう。しかし、日ごろから子どもがそうしたメッセージを口にすることで、その記憶が親の脳にも定着し、思いは伝わるはずだ。老化、認知症による脳の萎縮によって物事の理解力が衰えているにせよ、子どもが悲しむことを喜ぶ親はまずいない。

 さらに親が塞ぎ込まないように、はじめての場所、あるいは楽しい思い出がある場所などに連れ出したり、親が喜ぶ過去の思い出話をしてみたりするのも脳にいい刺激を与える。親の「死にたい」に対して「そんなことを言っちゃダメ」とか「またはじまった」といった正面からの反発や否定の言葉は決して吐かないことだ。

「『死にたい』という人にかぎって、死なない」などという言葉を聞くことがあるが、それは事実に反することだ。「『死にたい』を口癖にしている人の9割以上は死なない」に過ぎず、事実は「『死にたい』を口癖にしている人は、日ごろそれを口にしない人よりも10倍ぐらい自殺率が高い」のである。

「死にたい」は自分の存在する意味を確かめたいという親の切実な思いから発せられた静かな叫びだと考えるべきだ。子どもはその叫びに真摯に耳を傾けるべきなのである。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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