がんと向き合い生きていく

医療者にすべてお任せするのではなく「賢い患者」になろう

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 認定NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML(コムル)」という団体があります。COMLの活動の原点は「医療者と敵対するのではなく、患者自らの姿勢を見直し、病気を自分の問題と正面からとらえて主役になって治療を受けていこう」=「協働(同じ目標に向かって歩む立場の異なる者同士が、それぞれの役割を果たし合う)の推進」という提案です。病気は時に命や人生を左右することもあります。そんな大切なことをすべて医療者に“お任せ”してしまわないで、患者が自立して主体的に医療に参加する「賢い患者になろう」と呼びかけたのです。

 COMLは、患者からの6万件近い電話相談だけでなく、「病院探検隊」として病院を訪問。われわれの病院についても、患者目線で病院の改善すべき点を教えて下さいました。また、医学教育に参画する「模擬患者」の活動など取り組みは多岐にわたっています。

 COMLについて、当時、武蔵野赤十字病院の副院長だった日下隼人氏は、「このような市民的な運動が生まれたこと一つだけで、戦後民主主義は良かったのだと言いきることができます。『日本という国の誇り』はこのようなところにあるのです」と、COMLの初代理事長だった辻本好子さんの追悼文に書かれています。

 前回も紹介しましたが、辻本さんは乳がんと胃がんを患いました。胃がんとがん性腹膜炎が進行した時、「私はがんばりたい。私は最期まで治療を受けて、望みを捨てたくない」と最期まで闘いました。

 2011年5月、私がCOMLを訪れた際、辻本さんは食事が取れず、中心静脈栄養で車いすに乗って笑顔で迎えてくれました。その時、そばにいたのが山口育子さんです。25歳を目前に卵巣がんを発症し、1年半に及ぶ抗がん剤治療の中で、医療現場におけるコミュニケーションと患者の意識変革の必要性を痛感したことがCOMLとの出合いにつながったそうです。

 山口さんは、一生懸命に辻本さんをサポートされてきました。辻本さんが胃がんになってからも、彼女の慈愛、強さ、ひたむきな姿勢で、一緒になってがんと闘ってきたように思います。しかも、私がCOMLを訪れたその時、なんと山口さんは2回目の卵巣がんが分かり、手術が予定されていたのです。

 山口さんは、それからも見事に立ち直り、11年6月からCOMLの理事長となって辻本さんの後を継がれました。20年間、辻本さんとの密度の濃い二人三脚だったといいます。

■医療を正しい方向に修正できる人々はたくさんいる

 現在、山口さんはCOMLの仕事だけでなく、患者の立場から医療のあり方、医療倫理のあり方などについて経験に基づいた意見を述べられ、八面六臂の大活躍です。特定機能病院の医療安全監査委員会では8病院で委員を務め、ある大学病院では医療安全監査委員長を務められています。さらに患者・市民の声が求められる風潮から、「医療をささえる市民養成講座」なども開催されています。

 この活躍は山口さんの天命だったのだと私は思っています。山口さんはもちろん大変な才能の持ち主ですが、思わぬ環境、思わぬ運命がさらに人を育てていく……そんな“理”を強く感じました。

 そんな山口さんが昨年6月に著書「賢い患者」(岩波新書)を出版されました。昨年12月8日、学士会館にたくさんの方々が集まって、その出版記念会が開かれました。みなさんのご挨拶を聞いていて、私は「これからもし日本の医療が間違った方向に行くことがあったとしても、山口さんをはじめ、正しい方向に修正できる方々がたくさんいる」と感じました。

 がんを克服して生きる山口さん、その存在そのものががん患者を勇気づけている。そして、辻本さんの笑顔がある――。そう思いました。

■本コラム書籍「がんと向き合い生きていく」(セブン&アイ出版)好評発売中

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事