「自分が死ぬ」準備

ステージ4で5割超も 「末期がんは治療しない」という選択

樹木希林と愛川欽也
樹木希林と愛川欽也(C)日刊ゲンダイ

 平均寿命の調査が始まった1947年、男性のそれは50歳ほど。それから70年あまり、今や80歳を上回る。しかし、介護を必要としない健康寿命は、男性より長寿の女性でも74歳で、男女とも10年くらいは介護を受ける。女房子供に迷惑をかけず、さっさと身を引くのも男の人生だ。

 もちろん、健康第一に異論はないが、見せかけの“健康”を追い求めることより、自分らしく生きることの方が大切だろう。

 生き方を中心に据えたとき、しっかり考えないといけないのが、延命治療との兼ね合いだ。

 そのヒントになるのが女優の樹木希林さんの生きざまだろう。2005年1月に乳がんと診断され、摘出手術を受けたものの、08年には腸や副腎、脊髄などに転移。その5年後には、全身に転移があると診断されたという。それでも、がんに負けることなく、舞台や映画などに幅広い活動を続け、昨年9月、75年の生涯を閉じている。

 実は希林さんは最初の摘出手術の後に受けたホルモン療法を副作用のつらさから途中でやめた。その後の治療の柱にしたのが、放射線のピンポイント照射だ。

 東大病院放射線科准教授の中川恵一氏が言う。

「推測ですが、ホルモン療法や化学療法、最新の分子標的薬などの薬物療法を完遂していたら、ひょっとするとより延命できたかもしれません。それでも放射線治療を選択したのは、仕事への影響を危惧したのでしょう」

 どういうことか。

「一般に転移したがんの治療は薬物療法が中心です。薬物治療には少なからず副作用がある上、薬物に淘汰されずに残ったがんはより強力になりやすい。そんな副作用と仕事や生活への影響をてんびんにかけた上での判断とすれば、効果の高い薬物療法より仕事や生活への影響が少ない放射線を選ぶことは十分ありえます。末期がんと折り合って自分らしく生きようとする人にとって、希林さんのような考え方は参考になります」

 タレントの愛川欽也さんは、末期の肺がんを押して人気番組の司会を続けた。4年前の4月、訃報が伝えられたのは、番組降板からわずか1カ月後で、その収録は2カ月前だった。医師に勧められた手術を拒否し、化学療法も受けていない。在宅で放射線治療や痛みの治療を受けながら現場一筋を貫いている。

 愛川さんと対照的なのが、その年の5月に大腸がんで亡くなった俳優・今井雅之さん(享年54)だ。げっそりと痩せ細った表情で「いっそのこと殺してほしい」とがん告白会見を行った姿は、抗がん剤治療のつらさをお茶の間に印象づけた。現場復帰を望んで抗がん剤治療を選択したが、希望はかなわなかった。

「すべての治療を否定するわけではありません。胃がんも肺がんも大腸がんも、どんながんであれ早期なら積極的に治療する方がいい。9割以上治りますから。しかし、末期がんは痛みを除く緩和ケアなど最低限の治療で済ますのがベターなこともあるのです」(前出の中川恵一氏)

 国立がん研究センターの調査によると、ステージ4の胃がんの場合、75~84歳で治療を受けなかったのは約25%で、85歳以上だと56%。肺がんも肝臓がんもすい臓がんも、ステージ4で85歳以上は「治療せず」が5割を超える。

 3人はまったく治療をしていないわけではないが、最低限の治療にとどめた2人が最期まで現場をまっとうできたという点では、「治療しない」という考え方に近いだろう。最新の治療法や薬剤が続々と開発されてもなお、こと自分らしい最期を望むなら、「治療しない」という選択肢があることも頭に入れておいた方がいい。 (あすは「愛人にカネを残す」)

■事前指示書 作成はかかりつけ医と一緒に

 必要な治療は、病状によっても人によっても細かく変わってくる。元気なうちに望む内容を紙に書いたり、データに残したりしておくといい。そうすれば、認知症や事故などの後遺症で、突然、意思表示できなくなったときに役立つ。そのための書類が「事前指示書」だ。

 昨年、厚労省が公表した「人生の最終段階における医療」に対する意識調査によると、66%が指示書の作成に「賛成」と回答している。統一された書式はないが、ポイントは7つ。「心臓マッサージなどの心肺蘇生」「人工呼吸器の使用」「抗生物質の強力な使用」「胃ろうによる栄養補給」「鼻チューブからの栄養補給」「点滴による水分補給」「その他の希望」だ。どんなふうに書けばいいのか。

 聖路加国際病院内科名誉医長で「西崎クリニック」院長の西崎統氏が言う。

「それぞれについて、受けたいのか、受けたくないのかを明確に記入することが一つ。もう一つは、本人の意思を補って説明できるような人、成年後見人を記しておくことが重要です。通常は、配偶者や子供、孫などでしょう。その上で、書類は家族と共有しておくといい。私がサポートしている高齢者施設では、書類作成に私がアドバイスして、出来上がった情報は本人と家族はもちろん、施設の担当者も共有し、万が一の事態に備えています」

 家族やかかりつけ医との共有が大切なのは、書類があっても実行されない恐れがあるためだ。それで遺族が病院とトラブルになるケースがあるという。家族とかかりつけ医のサポートがあれば、事故などで大病院に搬送された時の本人の意思の説明が楽だろう。

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