天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓病がある妊婦には諦めてもらわなければならない場合も

順天堂大学医学部附属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部附属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 心臓疾患に対する治療が進歩したいま、妊娠・出産を希望する女性は増えています。

 母体の死亡リスクが非常に高くなる重度の心不全や大動脈弁狭窄症、肺高血圧症といった疾患がある場合は妊娠は勧められません。しかし、心臓疾患があっても大きなトラブルもなく日常生活を過ごせている女性は、医学の進歩に支えられ、妊娠・出産をあきらめる必要がなくなったと考えていいでしょう。

 それでも、母親や胎児の状態が悪化した時は妊娠を中断することに同意してもらわなければなりません。妊婦は循環血液量が増えるため、心臓疾患がある場合はうっ血性心不全を起こしやすくなります。また、循環血液量が増えれば血圧も上がるので心臓の負担が大きくなり、不整脈も表れやすくなります。

 そうした有害な症状をコントロールしづらい状態、または症状を管理するにあたって胎児に悪影響が及ぶような状況にある時は、妊娠の継続を中止せざるを得ません。母親に最初からうっ血性心不全があったり、症状を管理するために使う薬剤によって、大脳が欠損して生存能力がほとんどない無脳症の子供ができやすくなるという報告もあるのです。

 心臓疾患を抱えている妊婦を診る産科医は、妊娠の継続を中止しても母体にあまり大きな影響がない妊娠中期の前くらいまでには継続するか否かを判断する必要があります。母体の安全を確保できるタイミングを見誤ると、妊娠を継続することだけでも妊婦の心身の負担が増えてしまうからです。

 かつては、心臓疾患があるのに気が付かないまま出産を終えた妊婦が大出血を起こして亡くなるケースもありました。うっ血性心不全を抱えていると、分娩した後に良好な子宮収縮が起こらず、子宮から大量に出血する弛緩出血が起こりやすくなるのです。いまは母体も胎児も超音波できちんと診断できるようになるなど管理体制が進歩しているので、周産期死亡率や合併症による産褥死は格段に減りました。

■トラブルに対応できない産科医も

 しかし、産科医の多くは基本的に正常な母体を対象にした産科医療、妊娠・分娩のことしか扱っていないため、異常事態に対してどう対処すればいいのかが分からないケースもあります。トラブルが起こった際、循環器内科に相談して管理を任せるという初歩的な対応すらできない産科医もいるので、心臓疾患がある女性が妊娠を希望する場合、事前にしっかり相談してみて、信頼できる医師かどうか見極めることが大切です。

 それまでは大きな問題はなかったのに、妊娠中に心臓疾患を発症したり、症状が悪化した場合、妊娠の継続はあきらめてもらって母体を優先させる対応が一般的です。妊娠中に感染性心内膜炎を起こしたり、急性大動脈解離を発症して、母体と胎児を維持したまま手術が行われた報告はあります。ただ、手術の際に人工心肺を使うことで血液の環流が悪くなる状況で、胎児が生き続けられるのかどうかは予測できません。ですから、心臓の状態に少しでも時間的な余裕があれば、やはり妊娠の継続は中止して母体の安全を確保するのが生命倫理的な考え方といえます。

 20年ほど前に初めて診察した心房中隔欠損の女性患者さんも、同じような状況でした。経過観察中に結婚して子供を授かり、無事に出産したのですが、2人目を妊娠したタイミングでうっ血性心不全の症状が表れたのです。残念ながらお腹の中の子供に影響が及んで無脳症だということがわかり、流産の手術が行われました。その後、すぐに心房中隔欠損と部分肺静脈還流異常の手術を行い、心臓は元の状態に戻りました。数年後、彼女は再び子供を授かり、いまも元気に「母親」としてがんばっています。

 心臓疾患だからといって妊娠をあきらめる必要はありませんが、それによって起こる可能性がある問題やリスクを知っておかなければいけません。まずは医師にしっかり相談してください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事