専門家が解説「運動で痩せること」の難しさと正しい考え方

筋肉増強で基礎代謝アップは現実的じゃない!?
筋肉増強で基礎代謝アップは現実的じゃない!?(C)日刊ゲンダイ

 ダイエットする人の多くは「痩せるには運動が必要」と信じているが、本当だろうか? むろん運動が体にいいのは間違いない。心肺機能が鍛えられたりストレス解消になったりするなど、さまざまなメリットがある。ただし、それと運動すれば痩せることとは別ではないか。早稲田大学持続型食・農・バイオ研究所重点領域研究機構招聘研究員の古谷彰子氏に話を聞いた。

「運動選手並みの激しい運動をすれば痩せられるでしょうが、一般の人が運動で痩せるのはかなり難しい。それは国内外のデータでも明らかです」

 例えば厚生労働省の「国民健康・栄養調査結果の概要」によると、20歳以上で1回30分以上の運動を週2回以上行うことを1年以上継続している人の割合は、平成29年までの10年間で男性29・1%から35・9%へ、女性は25・6%から28・6%に増加している。運動で痩せるのならこの間の肥満者の割合は減るはずだが、男性30・4%から30・7%、女性は20・2%から21・9%と肥満者の割合はほぼ変わらないか、増えている。海外でも同様のデータがある。年間の運動日数が93日のオランダ人は、135日の米国人に比べて肥満率は3分の1。運動をしている方が肥満になっているのだ。つまり、一般人の肥満は運動習慣だけでは改善できない。

「理由は体重の恒常性にあります。人は運動で消費したエネルギーを補うため、普段よりたくさん食べて、運動以外の時間帯の活動量を意思と無関係に抑制するからです」

 運動後に急に眠くなったり、体が冷えたりするのはそのためだ。

「一般的に、1日の総エネルギー消費量の約50~80%を基礎代謝が占め、食事誘導性熱代謝が約10%、残りの10~40%が生活活動代謝になるといわれています。一般人の運動によるエネルギー消費量は驚くほど少なく、それ自体で痩せることは難しいのです」

 例えば、日本人男性の1日当たりの総エネルギー消費量(年齢50~69歳で身体活動レベルが3段階中2段階の場合)は約2450キロカロリー。一方、時速3キロ程度の速度で45分間歩いた場合の消費エネルギーは104キロカロリー。1日の総エネルギー消費量の4%にすぎない。

「にもかかわらず、起きている時間のうち、準備を含め1時間近くを費やすことは効率的な痩せる手段とはいえません」

■筋肉増強で基礎代謝アップは現実的ではない?

 それでも運動で筋肉がつけば基礎代謝がアップし、結果的に痩せるのではないか? そう考える人もいるかもしれない。

「実際はかなり難しいと言わざるを得ません」

 基礎代謝とは肺、心臓、血管、脳、神経などの生理機能や熱産生、排泄を営むのに必要な最小限のエネルギー量。一般的には筋肉1キロ当たりの基礎代謝量は13キロカロリーといわれる。

「仮に、ダイエットで脂肪が3キロ減り、新たに1キロの筋肉がついたとしましょう。脂肪1キロの消費カロリーは4・5キロカロリーだから3キロ減で約13・5キロカロリーが失われることになります。一方で、増えた1キロの筋肉の基礎代謝量は13キロカロリーですから、差し引き0・5キロカロリーのマイナスです。体重が2キロ減り、筋肉量が1キロ増えても実質基礎代謝量は減る計算です」

 そもそも、筋肉をつけるのは簡単なことではない。

「筋肉には体全体を覆う骨格筋、心臓を動かす心筋、血管や内臓を覆う平滑筋の3種類があります。このうち運動で鍛えられるのは体重の約40%を占める骨格筋です。筋肉を構成する筋線維には瞬発力に優れた速筋線維と持久力に優れた遅筋線維があり、手っ取り早く筋肉を増やすには速筋線維を鍛える必要があります」

 ところが、普段の生活で使われる筋肉は遅筋線維で、速筋線維は鍛えられないので特別な運動をするしかない。しかも、40歳を境に筋肉の合成が分解に追いつかなくなり、速筋線維から痩せていく。

「これにあらがい筋肉を大きくするには、トレーニングで筋肉を何度も収縮させ、筋線維内にあるタンパク質合成工場『リボソーム』を活性化させ、その数を増やす必要があります」

 それには、ダンベル運動など負荷の大きな運動を繰り返さなければならない。しかも、体重を減らしつつ筋肉をつけるとなると、さらに難しい。

「運動の前後に高タンパク質、糖質を抑えた食事を取り、高度な負荷運動、長時間の有酸素運動を長期間続ける必要があります。一般の人がこんなストイックな生活を継続するのは、並大抵の努力ではできません」

 筋肉は血液中の糖を貯蔵し、それを動かすことでさまざまなホルモン様物質を血液に分泌して、全身に影響を与えている。

 運動が健康にいいことは間違いないが、ダイエットの視点で考えた場合、運動のみで痩せるのは効率が悪い。きちんとした食事と生活習慣を視野に入れることが大切だ。

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