「オレは、一切何もしない」
堀ちえみの舌がん公表を受けて、松本人志が自らのがんの治療方針についてそう語ったという。初期なら手術もするが、末期なら「西洋医学的にはもういいわって」と未治療を貫くらしい。自分なりの生き方を追求するなら、松本のような考え方はもっともだ。がんは、余命宣告が定着し、治療法を選択できて、死を準備しやすい。では、死因の7割を占めるほかの病気なら、どうやって準備するか――。
お笑いグループ安田大サーカスのメンバー・クロちゃんは、医療バラエティー番組に度々出演。2年前の出演時に糖尿病と診断され、昨年1月には血糖値が悪化したことから番組の医師団に余命「わずか」との宣告を受ける。
その後、糖尿病の教育入院で食事や運動について学び、血糖値が改善。4月の番組では、「余命24年」に大幅アップするも、半年後には数値が悪化したばかりか、脳に動脈瘤も見つかったため、「余命3年」に急落している。余命の乱高下は、バラエティー番組の演出を多分に含んでいるが、糖尿病の怖さはうかがえる。
「糖尿病は、心筋梗塞や脳卒中など突然死を招く重大病の一番のリスクです」というのは、聖路加国際病院内科名誉医長で、「西崎クリニック」院長の西崎統氏だ。厚労省の「国民健康・栄養調査」(2016年)によると、男女とも約3割は、糖尿病でも治療を受けていない。そういう人は、5年ほどで合併症を起こしてとんでもない悲劇を起こすという。
「糖尿病には、感覚がマヒしたりしびれたりする神経障害、視覚障害を招く網膜症、腎不全につながる腎症の合併症があります。治療を受けていないと、早ければ5年で合併症を起こす。たとえば神経障害があると、心筋梗塞の痛みさえ気づかずに命を落とすことがあるのです」(西崎氏)
腎不全になると、人工透析を余儀なくされる。その原因のひとつが糖尿病腎症で、もうひとつが高血圧による慢性糸球体腎炎だ。高血圧の治療がうまくいかないと、腎臓のろ過装置の糸球体が障害され、やがて腎不全を起こす。
「糖尿病と高血圧は、人工透析の2大原因です」(西崎氏)
日本透析医学会の調査によると、人工透析患者の余命は30代で20年ほどで、年齢が上がるにつれて下がる。60代までは年齢が10歳上がると、余命が5歳ダウンするイメージだ。60代だと5年ほどにまで短くなる。
冒頭のクロちゃんのように生活習慣病の影響で脳の動脈にできたコブが、あるとき破裂したら、くも膜下出血を起こす。50%は命を落とし、20%は重篤な後遺症に苦しめられるという。
高血圧も糖尿病も、生活習慣病は、自覚症状が乏しい。仕事の忙しさにかまけ、クロちゃんのように治療を放置している人は少なくない。「オレは大丈夫」と根拠のない自信がある人もいるだろう。そんな人は、5年さえ危ういかもしれない。
「がんと違って生活習慣病は、服薬して治療を受ければ、重大病を招くことなく寿命をまっとうできる可能性が高い。人生を思う存分楽しみたいなら、しっかり治療すべきです」(西崎氏)
HIV感染で強烈に死を意識したフレディ・マーキュリーは、限られた人生を生き抜こうと損得勘定の枠から飛び越えて最期まで人生を楽しんでいる。それくらいの覚悟があるなら、治療を放棄してもいいだろう。覚悟がないまま漫然と人生を楽しむなら、これくらいのことを頭に入れた上で治療を受けるべきだ。
■糖尿病の人々は寿命が10年短い
厚労省の「簡易生命表」(2017年)によると、平均寿命は男性が81歳で、女性が87歳。女性は、90歳が目前で、人生100年時代が確実に迫っている。
糖尿病の人は、どうかというと、こんな調査結果がある。日本糖尿病学会の「糖尿病の死因に関する調査委員会」が2年前に報告したもので、2001~10年の10年間に男性2万9801人、女性1万5907人の糖尿病患者を追跡。その結果、平均死亡時年齢は、男性が71歳で、女性が75歳だった。
調査対象も分析手法も違うが、単純に比較すると、糖尿病の人は、男性が10歳、女性が12歳も寿命が短いことになる。1991~2000年の調査より、男女とも3歳ほど死亡時の年齢が高まっていて、糖尿病の人の寿命も延びていることがうかがえるが、厚労省の平均寿命よりは圧倒的に短く、糖尿病が寿命の足を引っ張っているのは明らかだろう。
「自分が死ぬ」準備