天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

妊娠を希望する女性患者は弁を交換する再手術が必要だった

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 機械弁のままであれば、再手術する必要はありませんし、問題なく日常生活を送れます。それでも、子供が欲しいからと生体弁への交換を希望されたのです。

 通常、正常に機能している人工弁を外して新たな弁に交換するという手術は絶対に行いません。しかし、「入院して抗凝固薬の点滴を受けるなど管理出産の実施が難しい」「抗凝固薬を服用しているのに過去に脳梗塞や弁のトラブルを起こしたことがある」といった患者さんは、妊娠・出産のために薬を切り替えることが困難です。そういった事情があるときに「弁を交換する」という選択肢が出てきます。彼女の場合もそうでした。

 今後、心臓疾患を抱えながら妊娠・出産を望む女性は増えるでしょう。ただ、いまの心臓治療の「EBM」(エビデンス・ベースド・メディスン=科学的根拠に基づいた医療)が、そうした患者さんの希望に完全に合致しているかというと疑問があります。「妊娠・出産のためだけに心臓病を治す」というパターンは、これまでの単独の心臓疾患に対するエビデンスとは異なっているのです。個人の希望を尊重する医療という観点から考えると、EBMを少し見直さなければならないかもしれません。

 産科医、循環器内科医、心臓外科医といったそれぞれの専門医の意見を集約して、バランスの取れた総合的な指針を作っていく必要があるのではないかと考えています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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