「断酒」か「減酒」かを選択 変わるアルコール依存症治療

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 先週、アルコール依存症の新たな薬が発売された。大森榎本クリニックの斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)によれば、アルコール依存症の治療は今、かつての方法と変わりつつあるという。話を聞いた。

 一般的に、アルコール依存症の治療は、通院治療、薬物療法、依存症当事者たちが運営する自助グループ(AA・断酒会)の参加など、さまざまな角度から行われる。

「治療の目的は基本『断酒』です。飲酒を一切やめるか、このまま飲み続けるか。過去は“アルコールをやめる気がない人は、治療をお断りします”という医療機関も少なくありませんでした」(斉藤氏=以下同)

 それが変わるきっかけになったのが、2013年に承認された国内初の飲酒欲求抑制剤「レグテクト」。神経伝達物質NMDAの受容体の働きを阻害する。NMDAは依存症の形成に関係する“報酬系”の神経回路に作用。NMDA受容体を抑制することで、飲酒欲求が起こりにくくなる。

「それまで主に使われていた2種類の薬は抗酒剤で、これらを服用して飲酒すると、激しい悪心、嘔吐、動悸、頭痛などが起こり、次に飲酒したくなった時もこれらの苦しみを思い出し、飲酒にストップがかかります。しかし、飲酒欲求抑制剤は抗酒剤と違い“飲酒後、不快な身体症状を生起させる”という副作用がない。服用時に飲酒しても特に苦しまない」

■飲んで死ぬか、やめて生きるか…ではなくなった

 この「レグテクト」に続き、今年3月に発売された新薬「セリンクロ」は、飲酒欲求を抑制しつつ飲酒量を低減する「減酒薬」。選択的オピオイド受容体調節薬と呼ばれるもので、μオピオイド受容体とκオピオイド受容体に主に作用し、シグナル伝達を調節。「レグテクト」と同様に、服用時に飲酒しても抗酒剤のように苦しまない。

「レグテクトやセリンクロによって、『減酒』という選択肢ができました。『飲んで死ぬか、やめて生きるか』の二者択一ではなく、患者さんに最初に『断酒』と『減酒』を選んでもらう。治療の過程で減酒では難しそうであれば、治療方針を断酒に切り替える。まずは治療につながることを重視する。当院では今そのようにアルコール依存症の対応を行っていますし、ほかにもそういった医療機関が出てきていると聞いています」

 断酒率にこだわれば、治療の動機づけが低い人を排除し、断酒意欲の高い人のみを治療対象とする方がいい。しかし、それでは“動機づけの高い患者”しか治療を継続できない。

「依存症は再発を繰り返しながら回復していく病気です。医療機関としてアルコール依存症治療の最終目的は、死を防ぐこと。断酒と減酒の2つの方法で治療に取り組めれば、治療につながる人も増えるでしょう」

 減酒といっても、「アルコールを適度に飲み、上手に付き合っていく」という意味ではない。アルコール依存症は、すでにアルコールと上手に付き合っていくことが不可能になった状態。だから基本は、どのようにして酒のない生活を送るか。現代のアルコール治療は断酒一辺倒ではなく、動機づけを高めながら、さまざまな角度からアプローチしていく。入り口は断酒か減酒であっても、ほかの治療法との組み合わせで、目指すのはアルコールと完全に袂を分かつことだ。なお、レグテクトやセリンクロは、抗酒剤との併用も可能。この2つを服用して断酒を目指す患者もいる。

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