後悔しない認知症

記憶障害は2種類 進行を遅らせるには「口に出す」機会を

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写真はイメージ(C)PIXTA

「ウチのおふくろ、オレの結婚式のことはよく覚えているくせに、昨日の夜、何を食べたかは覚えていない」

 高齢の親を持つ子どもなら心当たりがあるはずだ。加齢による記憶の変化の代表的な例である。認知症の中で最も比率の高いアルツハイマー型認知症の場合によく見られるものだ。これは記憶をつかさどっている脳の「海馬」という器官の機能の低下によって生じる。

 海馬とはパソコンに例えれば「メモリー」のようなものである。入力された情報を記憶しておく場所だ。その「メモリー」の容量が大きければ大きいほど、新しい情報を正しく、素早く書き込むことができる。ところが、その容量が小さくなってしまうと書き込みができなくなる。つまり、認知症の記憶障害は「海馬の容量の減少」によって生じる。

 この記憶障害は一般的に2種類に分類される。「記銘力障害」と「想起障害」である。アルツハイマー型認知症においては、特に記銘力障害が生じる。これは、新しく経験したことを覚えておくことができなくなる障害である。症状が進めば数分前のことさえ覚えていられなくなる。

 一方の想起障害は過去に覚えたことを思い出せなくなる障害である。しかし、こちらは認知症と診断された人特有の障害というわけではない。

「アレ、なんだっけ、ほらアレだよ、アレ」に代表されるように、中高年以上になると誰でも経験することだ。年を重ねると、記憶の書き込み、記憶の上書きが増えるために過去に脳に入力したことを想起できなくなってしまう現象だ。高齢の親に限らず、子ども世代でも、久しぶりに会った人の顔は覚えていても、名前が思い出せなくて困ったことがあるはずだ。人の名前に限らず、地名、書名、曲名、社名などの固有名詞を想起できなくなる。

 記銘力障害、想起障害のいずれも、老化による脳の機能低下によって生じるもので、これを改善することは難しい。しかし、進行を遅らせることは可能だ。記銘力については、新しい情報をメモする、ノートに書き込むといった習慣をつけること。想起力については、1日前、数時間前の出来事を意識的に思い出すよう心掛けること。また、コミュニケーションの機会を減らさないことも大切だ。会話の中で新しい情報を入力する、あるいは「入力した情報を口にする=出力する」といった機会をできるだけ多く持つことだ。そうしたことが海馬の萎縮を遅らせる。

「○○さん、お久しぶりです」「××さん、いらっしゃいませ」

 何度か利用したことのあるホテル、旅館、飲食店などで、年配のクルマ寄せの係の人、フロントの人、板前さんなどが、すぐに固有名詞を口にして迎えてくれることがある。常連というわけではないのに、そうした対応をされると客としては悪い気はしない。実は彼らは、そうやって口にすることで、上手に出力のトレーニングをしているのである。

 親に記憶障害の兆候が表れたら、意識的に会話の機会を増やしたり、メモさせたり、日記を書かせたりして、新しい情報の入力、記憶にある情報の出力の機会を増やしてあげることだ。「昨日のことも覚えていない」からと、子どもがコミュニケーションを避けていれば記憶障害の症状はどんどん進むと心得ておくことだ。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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