後悔しない認知症

反論はしない 親の自慢話に「またその話?」は絶対に禁句

写真はイメージ
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「いや、実はね……僕がね」

 酒席などで上機嫌になった上司や取引先の人間がそう切り出して、得々と自慢話を始めることがあるだろう。それもいつも同じ話である。聞くほうは「へー」「なるほど」などと合いの手を入れながら、初めて聞くような顔をしなければならないことがある。

 性格にもよるが、過去の自慢話、それも同じ話の繰り返しはおおむね老化現象のひとつと考えて間違いない。年齢的にも「先が見えてしまっている」だけに、過去の栄光を語りたがる気持ちはわからなくはない。だから、「その話はもう聞きましたよ」とは言わないでおく。

 これは仕事のシーンでのマナーだが、介護の場にも共通するものがある。相手の心証を害さず、いい気分にさせることが大事なのだ。

 認知症あるいは軽度認知障害(MCI)の高齢者にも、「自慢話」「昔話」を繰り返す傾向が見られる。そうした場合、子どもが慎まなくてはならないのが「またその話?」「自慢ばっかりして」といった冷淡な対応だ。認知症であるかないかにかかわらず、高齢者が昔話、とくに過去の栄光話をするとき、私は精神科医として、できるだけ話に耳を傾けることにしている。高齢者の昔話は精神面の安定を考えた場合、悪いことではないからだ。

 実際、医療の現場でも昔話をさせることが、認知症患者の症状緩和策、改善策として有効であることが広く認められている。「回想法」と呼ばれ、1960年代にアメリカで提唱された。もともとは「うつ」の治療法だったが、認知機能の低下予防、改善に有効であることが認められ始め、現在では介護施設などにも導入されている。

 幸せだった過去、意欲的に生きていた過去を思い出して、本人がカンファタブル(快適)になることで、脳の老化を遅らせる効果があるのだ。誰かを相手に昔話を「話す」「聞く」という機会が増えれば、何かを思い出そうとしたり、相手の話を理解しようとしたりして、脳の活性化が促され、機能の低下を防ぐことになるわけだ。

 もちろん、この「回想法」は本来「うつ」や不安の改善に有効とされたものだから、当然、「老人性うつ」の症状が疑われる高齢者にも有効だ。

 だからこそ、高齢な親、とりわけ認知症の親の昔話に対して、子どもは冷ややかな態度で接してはならないのだ。もちろん、会議や討論の場ではないのだから、白黒つけるような姿勢は厳禁だ。まずは聞くことに重点をおく。「聞く9割、相づち1割、反論0割」くらいでいい。

 さらに、埋もれていた記憶を引き出す意味で的確な「つっこみ」を加えてみるのも親の脳の活性化を促す。「ひいおじいちゃんはどんな人だったの」「子どものころはどうだったの?」「仕事で大成功したときの気持ちは?」「モテたの?」といったふうに、親の記憶の引き出しをどんどん開けさせるのだ。こうした「つっこみ」があれば、脳の活動が停滞するヒマもなくなる。

 最近、認知症の母親を亡くした知人が「もっと話しておけばよかった」と悔やんでいた。昔話であろうが、自慢話であろうが、高齢の親とのコミュニケーションの機会を意識的に増やすこと。離れて暮らしているなら、電話でも手紙でもいい。親の脳の老化予防のためばかりか、もしかすると驚くような「ファミリー・ヒストリー」に出合えるかもしれない。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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