「自分が死ぬ」準備

健康増進やモテにもつながる シニアから始める楽器の効能

気分は「わが心のジョージア」(レイ・チャールズ・右)で…
気分は「わが心のジョージア」(レイ・チャールズ・右)で…(C)共同通信社

 平日の昼間、スーツを着た50代らしき男性が書店の「楽譜コーナー」で熱心にギターやピアノレッスン用の譜面を見ている。楽器には健康を増進させる働きがある。

 ヤマハ大人の音楽レッスンの世代別シェアを見ると、2015年時点で60代以上は29%。1999年には2・8%だったから、16年で10倍になった(別表①)。最高齢は92歳。シニア層で伸び率が高いのは男性というが、楽器演奏による健康効果が高く、交友関係も広がるからだという。

「健康に良いのは適度な運動と孤独にならないことです。楽器は適度の運動になり、仲間もいっぱいできますから、最強の健康法ではないでしょうか」

 こう言うのは、「そうだ! 音楽教室に行こう」(音楽之友社)の著者・大内孝夫氏。武蔵野音楽大学職員で、4月からは名古屋芸術大学特別客員教授にも就任する。

■ピアノで認知機能が上昇

「認知症予防ではピアノが一番です。楽譜で見たことを、脳が両指で必要な動作に置き換えてそれぞれの指に指令し、表現されたものを確認し、改善を図る。これは脳にとってかなり高度な作業です」

 広島文化学園大の研究者らによる「楽器演奏介入が高齢者の認知機能に与える効果について」によれば、60歳から70歳代の音楽に未習熟な高齢者を対象に4カ月間ピアノの集団レッスンを実施したところ、うつ傾向が低減し、実行系機能(注意や予測をしながら情報を記憶するなどの認知機能)の上昇が認められたという。また、「ピアニストの脳を科学する」(春秋社)によれば、〈脳卒中の患者さんにピアノの鍵盤を指で押さえてもらったり、ドラムを叩いてもらったりして音を出すリハビリは、通常のリハビリ法(CIT)に比べ、顕著な運動機能回復効果がある〉としている。

 誤嚥性肺炎の予防ならフルート、サックスなどの管楽器がいい。

「タンギングは声帯周辺の筋肉を鍛え、ブレスで腹式呼吸が身に付きます。この連動で大量の酸素を体内に送ることができるようになり、呼吸器以外の内臓にも健康効果が期待できます」

 楽器が直接関係するわけではないが、アンチエイジングや美容には「姿勢を整えたり、口角を上げたりすることが求められる歌やボイストレーニングがいいですね」と言う。実際、鶴見大学歯学部の斎藤一郎教授と第一興商が行った「歌の健康効果」の調査では、〈歌唱が酸化ストレスを抑えることで多くの疾患を予防し、老化を防ぐ可能性〉を指摘している。

 島村楽器HPによると、「島村楽器音楽教室」の60代の人気コース(男性)は1位ピアノ、2位サックス、3位アコースティックギターだ(別表②)。

「ピアノは過去に習っていた再チャレンジの方もいますが、サックスやアコースティックギターに関しては、定年後から始める初心者は多いです。60代からでも上達できます。夫婦やお孫さんと演奏したいと一緒に通うケースもあります」(広報担当者)という。

 家族はもちろん、楽器を通して交友関係を広げるのも、音楽の魅力だ。前出の大内氏も、「異性に人気の楽器を習う、という手もあります」とこう言う。

「取材では女性から、男性のサックス、チェロ、ギター姿にしびれるという声が聞こえてきました。指遣いにセクシーさを感じるようです。男性からは、女性のフルートとバイオリン姿。フルートは唇、バイオリンは立って弾いているときのしなやかな姿に魅せられるようです。グループレッスンで結婚相手が見つかる、ということはあるようで、取材時も何例か聞きました」

 性格や経歴で向いている楽器を選ぶのもありだ。大内氏によると、①陽気なタイプや営業マンなどは、トランペットなどの金管楽器②事務系などきめ細かい仕事をしてきた人やメカ好きはフルート、オーボエなどの木管楽器③管理職や指導系の仕事の人は演奏をリードするドラムやバイオリンが向いているそうだ。

「ストレス発散には何といってもドラムですね。これには私も体験レッスンではまりました。ただ、楽器は高額で手が出ないという人なら、ケンハモ(鍵盤ハーモニカ)がオススメです。小学校か中学校で習ったピアニカ、メロディオンです。大人用に開発されていて、1万~2万円程度で大人向けの性能のよいものが買えます。息を吹いて鍵盤を鳴らすので、脳と呼吸器の両方が鍛えられます」

 また先の論文では、〈楽譜を見ながら3カ月間の鍵盤ハーモニカによる演奏をすると高齢者の言語記憶を回復させる〉との研究結果も発表している。実際、福岡県古賀市の介護支援課では介護予防として、鍵盤ハーモニカ教室を実施している。

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