「認知症の人とどう接したらいいの?」とよく尋ねられる。実は私にもマニュアルがあるわけではなく、いってみれば五感で接しているというのが正直なところだ。
知人の小田尚代さん(詩集「感語詩」の著者)が、認知症になった夫をかいがいしく介護されているので、「何を参考にしましたか」と尋ねたことがある。すると、「本に書いてあることは、ほとんど役に立たない」と言った。
「マニュアルなしに何を基準にしたのですか」
「五感です」
「え? なんだか難しそうですね」
すると小田さんは、「表情やしぐさをよく観察すれば、主人の体が教えてくれます。だって、家族でしょ? それに私が素直に応えればいいんです」と笑った。
私が多くの当事者から感じたのは、認知症になって失われる部分もあるが、逆に五感が鋭くなっていることだろう。何げないしぐさで相手を見抜いてしまう。「どうせ言っても分からないだろう」などと小ばかにしていると、いつまでたっても信頼は生まれない。
介護する人とされる人に信頼感がなければ、コミュニケーションが難しくなり、どんな介護もうまくいかないだろう。
五感を使えということは、裏を返せば、接し方も人それぞれだということだ。
例えば、「ユマニチュード」という介護の方法がある。テレビでもよく紹介されるから、知っている方もいるだろうが、寝たきりの人が立ち上がったりする場面が報じられたりして「魔法のようなケア」と言われるようになった。
そのケアの方法は、優れた介護職なら目新しいものではないが、それを体系化したことは素晴らしい。が、決して万人に通じるケアではないと思う。
介護する家族にとって大事なのは、立派なケアのマニュアルではなく、介護される人に耳を傾けること。それが第一歩なのだ。
これで認知症介護は怖くない