これで認知症介護は怖くない

まるでそこにいないかのように無視され孤独を噛みしめる

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 佐藤さんは「困った認知症の父親」について私にこう言った。

「父親が、理由もなく茶碗を投げたり、大声で罵ったりするんだ。症状が進行したんだなぁ。そろそろ施設を探さないと……」

 その可能性は否定できないが、それまでの経緯を聞いてみるとこうだ。

 佐藤さんが実家に戻って半年もすると、父親は言葉がすぐに出てこなかったり、言ったことも忘れたりで「どうせ親父に話をしても分からんだろう」と、ケアマネジャーに相談する時も父親抜きで決めた。昔から家族3人で食卓を囲んで楽しく話し合っていたのに、その時分になると、父親そっちのけで母親だけと相談するようになった。認知症で判断力がないんだから、佐藤さんもそれが当然と思っていた。

「だってね、俺がデイサービスの感想を聞いてるのにちっとも返事をしない。それなのに10分も経ってから『あ、あれは……』なんて言い始める。冗談じゃないよ」

 脳に障害があるのだから、うまく発語ができない父親は、「あ」とか「う」とか言えない。すると周囲の話題はいつの間にか先に進んでしまう。やっと父親が言葉を思い出すと、「その話はもうすんだよ」と無視される。

 まるで父親がそこにいないかのように無視され、「私はひとりぼっち」であることに気づき、孤独を噛みしめる。

 認知症の人たちに、これまで何がつらかったかと尋ねると、まず挙げるのが①人とのつながりが消えること、次が②社会とのつながりが断たれることである。孤立しても我慢する人はいるが、この父親のように、性格によっては茶碗を投げたり大声で怒鳴って怒りを爆発させる人もいる。家族に無視されたら普通の人でもつらい。それは認知症になっても同じなのである。

 認知症の「症状」といわれるものには、すべてに理由があることを知ってほしい。

奥野修司

奥野修司

▽おくの・しゅうじ 1948年、大阪府生まれ。「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で講談社ノンフィクション賞(05年)、大宅壮一ノンフィクション賞(06年)を受賞。食べ物と健康に関しても精力的に取材を続け、近著に「怖い中国食品、不気味なアメリカ食品」(講談社文庫)がある。

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