家族が犯しやすいミスに「言葉」がある。何げなく使った言葉で、認知症の本人が人格を壊されるような傷を負うこともある。
佐藤さんが実家に戻ってきた頃、父親はまだ足腰も元気だった。頑固とはいえ、自分の介護のために帰ってきた息子に感謝していたのだろう。自分で風呂の湯を入れたり、少しは家事を手伝うこともあった。全自動だからボタンを押すだけでいいのだが、どういうわけか風呂の栓をしないでお湯を入れてしまう。
すると佐藤さんは、「あ~あ、余計なことをしてくれて」と、ぶつぶつ言いながら風呂を入れ直した。
父親がトイレで大便をした後、流さずに出てきたら大変である。引きつったような顔で、「クソしたのも忘れたのか。しっかりしてくれよ、親父」と言うのである。
家族がつい口にしてしまう言葉がある。
「また忘れて」
「さっきも言ったでしょう?」
「しっかりしてよ」
「変なこと言わないで」
このほかにもたくさんあるが、いずれも「励ましの言葉」である。家族は昔の元気な姿を覚えている。その一方で、現実の父親は昔の姿からどんどん遠ざかっていく。家族にすれば、症状が進んでほしくない一心で、つい言ってしまうのである。「こうした言葉に当事者が傷つく」と言えば「そんなバカな」と思うかもしれないが、当事者にすれば記憶が失われていく不安におののいているのに、優しい言葉をかけてくれるどころか、ああでもない、こうでもないと叱るばっかりで、「理由もなしになんで私を責めるんだ」と憤りを感じているのだ。
認知症の人にとって「また」とか「なぜ」と言われても、自分自身でも分からない。それが認知症だからである。分からないのに指摘されて傷つき、自分の行動に自信を失い、イライラし始める。やがて、精神的に限界がくると大声が出てしまうのである。
これで認知症介護は怖くない