これで認知症介護は怖くない

「しっかりしてよ」励ましの言葉が認知症の人を傷つける

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 家族が犯しやすいミスに「言葉」がある。何げなく使った言葉で、認知症の本人が人格を壊されるような傷を負うこともある。

 佐藤さんが実家に戻ってきた頃、父親はまだ足腰も元気だった。頑固とはいえ、自分の介護のために帰ってきた息子に感謝していたのだろう。自分で風呂の湯を入れたり、少しは家事を手伝うこともあった。全自動だからボタンを押すだけでいいのだが、どういうわけか風呂の栓をしないでお湯を入れてしまう。

 すると佐藤さんは、「あ~あ、余計なことをしてくれて」と、ぶつぶつ言いながら風呂を入れ直した。

 父親がトイレで大便をした後、流さずに出てきたら大変である。引きつったような顔で、「クソしたのも忘れたのか。しっかりしてくれよ、親父」と言うのである。

 家族がつい口にしてしまう言葉がある。

「また忘れて」

「さっきも言ったでしょう?」

「しっかりしてよ」

「変なこと言わないで」

 このほかにもたくさんあるが、いずれも「励ましの言葉」である。家族は昔の元気な姿を覚えている。その一方で、現実の父親は昔の姿からどんどん遠ざかっていく。家族にすれば、症状が進んでほしくない一心で、つい言ってしまうのである。「こうした言葉に当事者が傷つく」と言えば「そんなバカな」と思うかもしれないが、当事者にすれば記憶が失われていく不安におののいているのに、優しい言葉をかけてくれるどころか、ああでもない、こうでもないと叱るばっかりで、「理由もなしになんで私を責めるんだ」と憤りを感じているのだ。

 認知症の人にとって「また」とか「なぜ」と言われても、自分自身でも分からない。それが認知症だからである。分からないのに指摘されて傷つき、自分の行動に自信を失い、イライラし始める。やがて、精神的に限界がくると大声が出てしまうのである。

奥野修司

奥野修司

▽おくの・しゅうじ 1948年、大阪府生まれ。「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で講談社ノンフィクション賞(05年)、大宅壮一ノンフィクション賞(06年)を受賞。食べ物と健康に関しても精力的に取材を続け、近著に「怖い中国食品、不気味なアメリカ食品」(講談社文庫)がある。

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