抗がん剤の点滴治療で胸水は減り、小康状態となりました。しかしある日、呼吸困難と胸の苦しみを訴えて来院され、胸部エックス線写真では、胸水のほかに心臓の影が大きく拡大し、超音波検査で心のう水がたまっていることが分かり、緊急で入院されたのです。
循環器内科医にお願いして、心のう水を約150ミリリットル抜きました。心のう水は血液を抜いているのかと思うほど真っ赤でしたが、検査してみると静脈血よりもはるかに薄く、たくさんのがん細胞を認めました。抜いた後、苦しい症状はすぐに改善し、その後に径4ミリほどの細い管を留置して、注射液で溶かした抗がん剤を心のう内に注入しました。管からの排液は日に日に減り、赤みも少なくなりました。
Nさんは私にこう話されました。
「先生、早く家に帰りたいのです。私は子供たちに命が短いことを話してあります。家で、みんなに囲まれて安らかに死にたいのです」
がんと向き合い生きていく