実用化に期待大 繰り返す中耳炎に世界初「粘膜再生治療」

細胞シートで再生
細胞シートで再生(提供写真)

 難治性の中耳炎に対し、世界初の「中耳粘膜再生治療」の臨床試験が東京慈恵会医大で行われている。先日、15例が終了。その効果とこれからの展望を、この試験に関わる同付属病院耳鼻咽喉科診療部長の小島博己医師に聞いた。

「15例の結果は極めて良好です。今後はデータをまとめ、2021年1月には治験を開始。それが1年半くらいでしょうか。その後、数年かけて実用化に持っていければと思っています」(小島医師=以下同)

 この「中耳粘膜再生治療」とは、真珠腫性中耳炎と癒着性中耳炎を対象にしたものだ。

 耳は、空気に接する側から順に外耳、中耳、内耳と分かれる。外耳と中耳の間には鼓膜があり、外耳側は「皮膚」で、内耳側から「粘膜」になる。

 一般的に子供の時に中耳炎を繰り返すと、中耳の粘膜が損傷し、耳の後ろにある蜂の巣のような「乳突蜂巣」の発育が阻害される。

 それによって鼓膜の一部が中耳側に陥没して穴ぼこのようなものができると、耳垢などがたまって「真珠腫」という白い塊になる。それが骨を溶かし、周囲の骨や耳小骨を破壊する。

「これが真珠腫性中耳炎です。放置すると、難聴、めまい、耳だれが生じ、顔面神経麻痺や髄膜炎、脳腫瘍などの原因にもなります」

 一方、癒着性中耳炎は、同じく乳突蜂巣の発育不良で粘膜が癒着した状態。やはり、難聴、めまい、耳だれなどが起こる。これら2つの中耳炎に共通しているのは、手術を行っても再発を繰り返しやすいことだ。

「真珠腫性中耳炎は真珠腫を取り除き、癒着性中耳炎は癒着した粘膜を剥がします。鼓室形成術という手術ですが、乳突蜂巣の異常は変わらないため、手術をしてもまた同じ症状が出てくることがあるのです。特に癒着性中耳炎は、鼓室形成術をしても症状がほぼ改善されないケースがほとんどで、治療困難でした」

 そこで小島医師らが考えたのが、再生医療だ。どちらの中耳炎も乳突蜂巣の粘膜に異常があるのが問題なので、ここに新たな粘膜を移植し、健康な粘膜を再生する。では、どこの粘膜を移植するか?

 理想は「耳」からだが、真珠腫性・癒着性中耳炎がある患者は、そもそも正常な粘膜が少ない。粘膜採取は手術で行うしかなく、患者への負担も大きい。

「ところが『鼻』の粘膜であれば、鼻血がちょっと出る程度で負担が少ない。外来で粘膜を十分量確保できる。そこで鼻粘膜を使った再生治療の研究が2004年から始まり、14年に臨床試験を開始しました」

 再生治療は、細胞がシート状になっている細胞シートを用いて行われる。培養皿に特殊な液を付着させ、鼻粘膜から採取した細胞を培養。細胞が培養した段階で温度を下げると、培養皿から細胞がまとまってシート状に剥がれ、細胞シートとなる。

■鼻の粘膜の細胞と血液を採取して細胞シートをつくる

 患者への移植の流れはこうだ。外来で鼻の中に麻酔をし、鼻の粘膜から細胞と、培養時の栄養素である血清をつくるための血液を採取。

 3週間後、細胞シートができるので、患者は入院して手術を受ける。先に真珠腫性・癒着性中耳炎の鼓室形成術を行い、続いて細胞シートを耳の粘膜に張る移植手術になる。鼓室形成術で2時間、移植手術で1時間ほど。入院は5~6日間。

 今は花粉症の季節。花粉症をはじめとするアレルギー性疾患や蓄膿症などで鼻の状態が悪い人は、鼻の状態が良くなってからになる。また、この治療は成人のみ。

「臨床試験では28歳から62歳が対象。この時の例では9例が真珠性中耳炎、6例が癒着性中耳炎です。治療が終わったばかりの人もいるので今後の経過を見なければはっきりしたことは言えないが、現段階で再発はなく、感染症をはじめ問題は何も生じていません」

 実用化までまだかかるが、気になるのは値段。昨年の段階では、実用化の場合、1例に400万円ほど必要という試算だったが、実際に世に出るまでにはかなりのコストダウンが図れ、100万円を切るまでにはいけるだろうとみている。

 期待が高まる。

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