心臓疾患を抱えている人の多くは、血栓ができるのを防ぐために血液をサラサラにする薬を服用しています。たとえば、狭心症や心筋梗塞の患者さんには「抗血小板薬」、人工弁置換術で機械弁を入れた人や、脳梗塞を起こしやすい心房細動の患者さんには「抗凝固薬」が主に使われ、併用されるケースもあります。
ただ、血栓は出血した時に血を止めるために必要になるので、どちらの薬も「出血しやすい」「血が止まりにくい」という副作用が起こります。抗血小板薬のアスピリンは、「心血管疾患のない人に投与した場合、心血管イベントの発症予防のメリットよりも出血リスクが上回る」という研究報告もあるほどです。
実際、薬が効き過ぎて脳の細い血管や内臓の血管で出血し、気づかないうちに出血が広がってショック状態になるなど、重篤な状態を招く場合もあります。
手術でも、抗血小板薬や抗凝固薬を飲んでいる人はより慎重な処置が必要になってきます。メスを入れてから縫合した部分や、癒着を剥離した箇所からじわじわ出血するため、的確な対処が求められるのです。手術経験を積んだ慣れた外科医なら慌てることはほとんどありませんが、経験が少ない外科医は戸惑うケースも少なくありません。
基本的に、抗凝固薬や抗血小板薬を服用している患者さんの予定手術を行う際は、3日ほど前からいったん薬を中断し、出血しやすい状態ではなくしてから実施します。
しかし、普段から抗凝固薬や抗血小板薬を服用している患者さんが突然、発作を起こして救急搬送され、緊急手術を行う場合は出血しやすい状態のまま臨まざるを得ません。飲んでいる薬が抗凝固薬のワーファリンであれば、ビタミンKを投与することで薬の作用を中和できます。ただ、中和しすぎて逆に血液が固まりやすい状態にならないよう注意しなければなりません。
■予定手術なら服用を中断して臨めるが…
ワーファリン以外の中和できない薬を飲んでいる患者さんの緊急手術では血液製剤を使います。たとえば、抗血小板薬を服用しているなら、血小板製剤を投与しながら手術を行うのです。
薬の作用で、縫合や癒着を剥がした箇所から出血してくる場合、出血しているところを一つ一つしっかり止血していくしか手だてがありません。出血している箇所を電気メスで焼いたり、細い血管も丁寧に結紮していきます。それが最も確実な方法です。
ただ、近年は縫合した箇所を「生体糊」を使ってシーリングして出血を防ぐ方法が広まっています。メスを入れて処置を行ってから縫合した部分に生体糊を塗って“封印”してから、血流を再開するのです。
生体糊は昔からあるものですが、以前はホルマリンなどの毒素成分も含まれていたので、そうそう使うわけにはいきませんでした。しかし、いまの生体糊には毒素が含まれていないうえ、使用すると安定して出血が止まります。
生体糊を使っていなかった頃は、丁寧に縫っても必ずできてしまう針穴から出血したり、その対処を誤って大出血を起こしてしまうケースもありました。しかし、生体糊の進歩によってそうしたリスクは大きく減ったうえ、手術時間もかなり短縮されたといえるでしょう。
ただ、逆に過剰に生体糊を使う外科医が増えている点は懸念材料です。心臓や血管の手術はやはり外科医の技術が重要で、出血によって患者さんが命を落とすこともあります。安易に生体糊に頼らないような指導が必要かもしれません。
患者側として出血のリスクを減らすには、まず抗凝固薬や抗血小板薬による治療を始める前に医師に相談し、自分が出血しやすい体質なのかどうかをチェックしておくことです。また、心臓手術で人工心肺を使用する際などに使われるヘパリンという抗凝固薬が使える体質なのかを確認することも重要です。当院では診療の一番最初の段階で、ヘパリンが使用できない「ヘパリン抵抗性」ではないかどうかを確かめています。ヘパリン抵抗性患者さんに使ってしまうと、ヘパリン起因性血小板減少症を起こし、命に関わる重篤な状態に至る危険があるからです。
心臓疾患を抱える人は「出血」に対して気を配ることも大切なのです。