がんと向き合い生きていく

抗がん剤治療で数カ月長生きすることに意味があるのか?

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Bさん(70歳・男性)は、この1カ月ほど少ない食事でもすぐに腹がいっぱいになり、へその上に何か瘤が触れる気がして、Aがん専門病院を受診しました。超音波検査の結果、進行した膵臓がんと診断され、手術は無理で抗がん剤治療を勧められました。

 その数日後、私の外来に「治療をやるべきかどうか」について相談に来られました。BさんはA病院の主治医からこう言われたそうです。

「抗がん剤治療は、効くかどうかやってみないと分かりませんが、統計上は延命効果があります。治療ガイドラインでも選択肢のひとつとして推奨しています。Bさんの今の状態なら外来で治療可能です。もちろん無治療の選択肢もあります。無治療の場合は余命6カ月、治療した場合は1年くらいと思ってください」

 さらにBさんは次のように話されました。

「抗がん剤治療は延命効果だけとなると、意味がないんじゃないかと思うのです。いずれまた悪くなるなら、治療を受けない方がいいのではと考えています。先生はやって何か意味があると思いますか? これまで70年間生きてきて、数カ月ほど長生きすることに意味があるのでしょうか」

 そんなBさんに私の考え方を伝えました。

「抗がん剤治療をやるかやらないかは、もちろん本人が決めることです。延命の意味があるかないか、これも本人の考え方次第と思います。結果はどうなるかは分かりませんが、私は抗がん剤治療を勧めます。あなたに本当に効くかは分かりません。でも、延命効果が科学的に証明されているのに、やらないのはもったいないと思います。70年間生きてきたと言われますが、これからの人生に何が待っているか分かりません。延命の意味は、たとえ1年でも生きていてこそ何かが出来る、何かを味わえるチャンスがあるのです。つらいこともあるでしょうが、楽しいこともきっとある。私なら、『生きていてよかったと思える時がある』と、そう希望を持って生きていたいと思います」

■生きていてこそ幸せを感じるチャンスがある

 これまで、たくさんの膵臓がん患者の診療を行ってきました。15年ほど前までは、膵臓がんに対して抗がん剤治療は延命効果もなく、つらさを軽減する緩和治療も今に比べれば貧弱な時代でした。当時、黄疸が出ている場合はこれを取るために肝臓に直接管を入れて胆汁を出すのがせいぜいの治療で、抗がん剤治療は勧めませんでした。

 しかし、今は違います。新しい治療薬が開発され、体のつらさを取る緩和医療も発達しました。確かに、今の抗がん剤治療では手術不能な膵臓がんは治せません。

 でも、この場合の「延命」とは、意識のない状態での延命とは違うのです。体が良い状態を保ちながら、治療で良くなって「生きている実感がある」と話される患者さんがたくさんいらっしゃいます。治療を受けないで死を待つような気持ちでいるよりも、ずっといいと思うのです。

 日本では、多くの方は宗教の信仰がありません。それでいて、科学的根拠に基づいた治療法があるのにそれを拒否して、短い余命を告げられ、死に向かってどう生きていこうというのでしょうか? 生きていてこそ、幸せを感じるチャンスがあるのです。

 場合によっては、まずは治療をやってみて、副作用などがつらくて無理だと思うようなら、そこでやめればいいのです。一度も治療を受けずに死んでしまうのは、本当にもったいない。

 医学の発達は明らかです。1年生きた後、そこに死があるのではなく、さらにまた余命1年を伝えられる、あるいは新薬でもっと生きられる――そのような時代なのです。生きていてこそ人生です。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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