狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患の患者さんに対する外科的治療の大きな柱になっているのが「冠動脈バイパス手術」です。細くなったり詰まってしまった冠動脈の代わりに他部位の血管(グラフト)を使ってバイパス血管をつくり、心筋への十分な血流を確保できるようにします。
グラフトには、患者さん自身の血管を使用します。つくるバイパスの本数や血管の状態によって変わってきますが、内胸動脈(胸板の裏にある動脈)、右胃大網動脈(胃の周囲の動脈)、橈骨動脈(手の動脈)、大伏在静脈(足の静脈)といった血管が使われます。
ただ、長期にわたって心臓を補助できる耐久性を考慮すると、グラフトとしてベストなものは「動脈」です。とりわけ内胸動脈は個体差がほとんどない血管で、いちばん動脈硬化が起きにくいため、グラフトとして最適です。
これに対して「静脈」は、患者さんによってひどく傷んでいるなど個体差が非常に大きい血管で、耐久性も劣ります。そのため、将来的に再手術が必要になるケースも多くなります。
今年2月、そうしたバイパスに使うグラフトを検討した研究が海外で報告されました。多枝冠動脈病変(複数の冠動脈が詰まっている)があり、冠動脈バイパス手術を行う患者において、「両側内胸動脈グラフト(動脈+動脈)」と、「片側内胸動脈グラフト(動脈+静脈)」の長期予後を検討したところ、10年後の全死因死亡率に有意差は認められませんでした。
2016年に報告された5年後の死亡率でも両群に差はなく、今回の10年後も同じ結果だったということになります。ただ、この報告だけで「バイパスに使うグラフトは動脈も静脈も変わらない」と判断するのは間違いです。
経験上、術後10年では両者にそれほど大きな差は出ません。しかしこれが20年になると、バイパスのグラフトに静脈を使った患者さんは再治療が必要になるケースが多くなります。静脈はやはり耐久性が劣っているのです。
■採取は切開の方が安全で確実
寿命を考えると、80歳の患者さんが冠動脈バイパス手術を行う場合は静脈を使ってもそれほど影響はないといえるでしょう。しかし70歳で手術する場合は、やはり動脈を使わなければ、その後のステント治療や再手術の可能性が高くなってしまうのです。
これからは多くの人が100年を生きる時代になりますから、私は「110歳までトラブルなく生きられる心臓手術」を目指しています。そのためには、やはりバイパスに使うグラフトは動脈が最適といえます。
ほかにもグラフトに関する研究報告がありました。冠動脈バイパス手術で大伏在静脈をグラフトとして採取する際、「内視鏡を使って採取」した患者と「切開して採取」した患者を比較したところ、死亡を含めた長期の経過や結果に有意差はなかったということです。
冠動脈バイパス手術では、バイパスとして使う長さの血管を採取後、切ったりつなげたりして使用します。血管の傷み具合によっては補修が必要になるケースもあり、なるべくダメージを与えないように採取するほうがいいのは間違いありません。
たしかに、内視鏡の経験値が高い熟練した医師が採取すれば、切開で採取した場合と大きな差は出ないでしょう。内視鏡は切開に比べて患者さんの傷が小さくなるので、リスクや確実性に明確に差がなければ内視鏡採取の方がいいともいえます。
しかし、当院では内視鏡でグラフトを採取するケースは年間で1回か2回くらいしかありません。医師の“練習”のために内視鏡を使うことはできませんし、視野の広さや操作のやりやすさなどを考慮すると切開して採取する方が確実で安全だからです。採取する時間も短くできるので、結果的に手術における患者さんの負担も小さくなるといえます。
とはいえ、今後は手術支援ロボットを使って内視鏡でグラフトを採取する方向に進むでしょう。すでに、挿入して使うアームの本数が16本あるタイプも登場していて、より細密な作業ができるようになってきました。ロボットであれば医師の熟練度の差も、ある程度はカバーできます。
グラフトに関する研究や技術の進歩が、冠動脈バイパス手術をさらに進化させるかもしれません。
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