進化する糖尿病治療法

糖尿病の「基準値以下」でも心筋梗塞や脳卒中を起こす人は

東京慈恵会医科大学の坂本昌也准教授
東京慈恵会医科大学の坂本昌也准教授(C)日刊ゲンダイ

 今月、高血圧のガイドラインが5年ぶりに改定されます。

 すでに日本高血圧学会が発表している内容によると、140/90(収縮期血圧/拡張期血圧=単位は㎜Hg)といった基準値は変わらないままですが、治療の目標値は引き下げられ、75歳未満は130/80、75歳以上は140/90となりました。75歳以上はこれまで150/90が目標値だったので、75歳未満も75歳以上も、従来の数値より10ポイント下がったことになります。塩分を多く摂取する日本人にはとても重要な改定です。

 では、糖尿病についても、今後ガイドラインで数値が厳しくなることはあるのか?

 私はそれはないと考えてます。今の数値が絶対に正しいものだからという理由ではありません。

 数値を厳しくしても、それが国民の意識を「食生活を改善しよう」といったプラスの方向に向けられるとは必ずしも思えないからです。

 糖尿病の基準値が厳しくなれば、かなりの人が糖尿病と診断され、かえって糖尿病に対する認識が甘くなる可能性があります。実際、40代以上の男性はメタボ健診をすると7割の人が引っかかるのですが、それゆえにハードルが低くなってしまい、「メタボって言われたけど、大したことがない」と間違った知識を持っている人が多い。読者の皆さんもそうではありませんか? そうして、メタボに至った同じ生活を今後も続け、やがては糖尿病をはじめとする生活習慣病で治療が必要になったり、最悪の場合は、心筋梗塞、脳卒中を起こしてしまうのです。

 ガイドラインは、何十年間にわたるデータを利用して作っています。今のガイドラインの内容は、現在の人の食生活を反映したものではなく、過去の人の食生活を反映したもの。しかし、10年前、20年前から、食事や生活様式は大きく変化しています。

 当時のデータでは、空腹時血糖が126㎎/デシリットル以上、ヘモグロビンA1c7%以上を糖尿病とするのがベターだと考えられたのですが、今のリアルな食生活なら、もしかしたら数値をもっと低くすべきかもしれません。

 つまりお伝えしたいのは、ガイドラインの数値はひとつの目安であり、もし基準値ギリギリだったり、糖尿病予備群とすでに指摘されている人は、「基準値を超えていないから大丈夫」では全くないということです。

■「健康」という過信が落とし穴に

 さらには、ガイドラインは各病気ごとにあります。糖尿病のガイドラインはクリアしても、高血圧や脂質異常症のガイドラインで引っかかった……というようなら、危機感を抱いて生活習慣の改善をしなくてはなりません。“毎年、軽度異常を指摘されているけど、体の調子も悪くないし、そんなに気にすることはないのではないか”という考え方は危ないです。

 ある40代半ばで心筋梗塞を起こした患者さんは、血糖値、血圧、総コレステロール、LDLコレステロールなどすべて基準値を下回っていました。しかしそれを詳しく見ると、健診を受け始めた35歳から、数値がいずれも徐々に上がっていて、「基準値を下回っている」といっても、「あと一歩で基準値を超えそう」な状態。

 しかし、本人の認識は「悪いところがない」というもの。どれか1つでも基準値を超えていれば、医師の診断と管理栄養士の食事指導を受けられ、何らかの手を打たなければならないという自覚が芽生えていたのかもしれないのですが、それがなかったのも彼の不幸な点でした。加えて、40歳前後から仕事が忙しくなり、健診をすっぽかすようになってしまった。

 結果、40代半ばという年齢で突然心筋梗塞を起こしてしまったのです。

 ガイドラインの基準値だけにとらわれていると、“本当の健康度”を見逃すことになりかねません。ほかの数値との組み合わせ、家族歴、仕事や家庭のストレスなど、さまざまな点をチェックして、「自分はどうなのか」を考えていくべきです。

 情報社会・ストレス社会を迎えており、我々が思っている以上にリスクは高まっています。仮に乗り越えたとしても、将来は認知症・心不全などのリスクが襲ってきます。静かに忍びよってくる、心筋梗塞と脳梗塞のリスクを甘くみてはいけません。一度は血管年齢などを調べておく。手遅れにならないために重要です。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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