後悔しない認知症

臨床的にも有効 自分で生きることが認知症の進行を遅らせる

「母親に介護施設に入ってもらおうかと……」

 知人の男性がそんな悩みを打ち明けてきた。彼の母親は現在87歳。10年前に夫を亡くして以来、東北の田舎町で一人暮らしを続けている。地域の保健所で定年まで保健師として働いてきた。もちろん持ち家もあり、地方の物価を考えれば一人で暮らすには十分な年金を得ている。だが、最近、物忘れの症状が進んできているという。

 すでに子どもも独立して夫婦2人暮らしの彼は、母の認知症の症状が進む前に自分の家に同居することを提案したが、頑として受け付けない。ならばと、田舎の介護施設への入居を勧めたが、これも首を縦に振らないという。「この年になって都会暮らしはイヤ」「まだ自分のことは自分でできる」ということらしい。

「何かあったら困る」という子どもの気持ちは理解できる。ただ、臨床的には「一人暮らしのほうが認知症の進行が遅い」と認められている。認知症の症状があっても、毎朝決まった時間に起き、朝食、掃除、洗濯といった身の回りのことをミスもなくこなす高齢者は多い。

 何でもやってもらえる同居や介護施設に比べて「できるだけ自分の頭や体を使う機会」が多い一人暮らしのほうが、認知症の進行を遅らせるためには有効なのだ。

 また、「機嫌よく生きられる」要素もある。まわりに古くからの友人や知人がいれば、自分をいたわってくれたり、困ったときには面倒を見てくれたりする。当然、コミュニケーションの機会も増えるから、さまざまな情報の入力、出力も行われる。

■親の一人暮らし=危険・不幸ではない

 たとえ認知症であるにしても、親は親なりにコミュニティーの中で人間関係を築き、自分なりのライフスタイルを維持しながら生きているのだ。子どもはそれを忘れてはならない。

 たしかに、同居したり、介護施設に入居させたりすれば、子どもは安心感を得られるかもしれない。だが、親は円滑な人間関係、住み慣れた環境を捨て、新たなスタートを余儀なくされる。子どもの安心感と引き換えに親は「機嫌よく老後を生きること」を手放すことになりかねない。こうした変化が逆に認知症の症状を進行させてしまうかもしれない。もちろん、「子どもに迷惑をかけたくない」という親の思いも尊重すべきだ。

 ならば、どうすればいいか。子どもは、一人暮らしを続けさせながら、孤独感を覚えさせない方策を練るべきだ。コミュニケーションのために、定期的に電話、手紙などで連絡を取ること。いまは高齢者向けの携帯電話もある。場合によっては、親の家の固定電話を解約して携帯電話だけにしてみてもいい。詐欺対策にも有効だ。また、手紙やはがきなどで近況を尋ねたりするのもいい。子どもからの郵便が届くことは親にとっては電話での会話と違った楽しみになる。あらかじめ子どもの住所を書いたハガキ、切手を貼った封書と便箋を用意して、親に預けておくのもいい。子どもとの文通は高齢の親にとっては大きな喜びだし、脳の老化予防にもいい。

 そのうえで、多少のお礼を払ってでも近くに住む親戚なり、友人なり、信頼できる人とも連絡を取り、親の様子を定期的にリサーチし、生活の手助けをしてもらえるようにしておくのもいい。一人暮らしが困難なほど、認知症が進んだ場合に改めて対策を考えればいい。「認知症の一人暮らし=「危険、寂しい、不幸」という考え方を子どもは捨てたほうがいい。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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