ここが自分の居場所でないと分かったら、そこから逃げ出したいと思うのは私たちも同じだ。ただ認知症の人は、障害があるから帰れなくなるので「徘徊」と言われる。
「徘徊」にはさまざまな理由があって、連載第8回でも紹介した丹野智文さんは、いつも通勤に使う電車に乗れば間違いなく会社に行けるのに、間違って途中下車したら、自分がどこにいるか分からなくなってしまったという。
風景をパターンで認識しているのか、こんな男性もいた。認知症になっても、コンビニの草餅が好きで、2日に1回は歩いて買いにいっていた。ところがある日、通い慣れた道にいきなり工事中の看板が出ていて、重機が運ばれて工事が始まった。それを見て、「あれ、ここはどこだろう?」と不安になり、道を間違えたと思って脇道にそれた。結局10キロ以上も離れた先で歩いているのを発見されたという。
■理由があるのに戻れなくなっただけで「徘徊」と呼ばれる
また都内に斎子さんという認知症の女性がいた。要介護3だが、家ではいつもニコニコしていて穏やかな女性だ。ところが、夕方になると「帰ります」と家を出てどこかに消えてしまう。「夕暮れ症候群」と呼ばれる行動だ。ある時は一晩中歩いて、20キロ以上も離れた先で発見されたこともある。
どうも夕方になると女学生時代に戻るらしい。家のそばにある川が、昔住んでいた実家と学校の間にある川に似ていて、日が落ち始めると「早く帰らなくちゃ」と焦るようである。ただ、夕方になるとご主人が斎子さんの手をつないで散歩するようになってから、「徘徊」はなくなったという。
いずれにしても理由があるのに、戻れなくなっただけで「徘徊」と呼ぶのは、認知症になったら人格が壊れるような偏見が刷り込まれているからだろう。ただし、アルツハイマー型は「ここにいたくない」から外に出るケースは多いが、前頭側頭葉型はただひたすらぐるぐる歩くケースが多いといわれる。
これで認知症介護は怖くない