3月いっぱいで順天堂医院の院長職を退いて「一教授兼一外科医」に戻り、これからは若手医師の指導や育成にもさらに力を注いでいくつもりです。近ごろ、医師を目指す若い学生の質が落ちていると感じるだけになおさらです。
私が医学部に入学した1970年代後半に比べ、いまは医学部の定員が増えています。そのうえ、少子化によって同学年の受験者数が減っているので、われわれの世代よりも20倍くらい医学部へ入学しやすくなっています。そうした“裾野の拡大”もあって、いまは「なんとなく医者になりたい」といった漠然とした動機で入学してくる学生も増えているのです。医師という職業への使命感、「世のため、人のために働く」といった思いが希薄な学生も増えた印象です。
指導する教員の姿勢も学生にとって情熱的に感じられないのかもしれません。小中学校の頃から、学業成績が良い学生には本人の意思とは関係なく医学部へ進むように誘導する傾向も見受けられます。さらに、医学部を目指す学生には、中学生の頃から「○○大学医学部の合格圏内に入るには、これとこれだけをやっておけばいい」といったピンポイントの教育を繰り返します。これでは学生の質が落ちるのも当然でしょう。
■「一軍選手」と「その他大勢」との格差が広がっている
実際、医学部に入学しても卒業できない学生はかなりいますし、医師国家試験に合格できない学生もたくさんいます。入学時の偏差値が高くても、10人に1人が国家試験に落ちる国立大学もあるほどです。
学生の質が低いと、指導する教員のモチベーションも下がってしまい、しっかり丁寧に教育しようという熱意が減っていきます。そうした相互作用によって、さらに学生の質が下がる悪循環が生まれているのです。そうした環境が当たり前になってくると、国家試験の合格率がだいたい80%台後半で、たまに90%を超えるくらいで「よくやった」と満足するレベルに落ち着いてしまいます。由々しき事態といえます。
もちろん、医師という職業への使命感を持っている優秀な学生もたくさんいます。すると、質の低い学生との間で大きな格差が生まれます。
たとえば、現役で第1志望の医学部に入学する学生は、プロ野球で言えば「ドラフトにかかった選手」です。このゾーンに収まった人材は全員に一軍で活躍するチャンスがあるといえます。
しかし、なんとなく医師を目指し、現役で志望する医学部へ進めなかった学生はドラフトにかからなかったわけですから、一軍昇格のチャンスはゼロということです。その場合、浪人して予備校に通ってどうにか成績を残せるようになり、医学部に入学できて初めて一軍半から二軍の位置づけになります。最初の時点から“ドラフトにかかった学生”とは厳然たる差があるといえるのです。
この大きな差がそのままであれば、医師になってから携われる医療も自然と限られてきます。レギュラーとして試合でバリバリ活躍できる可能性はほぼないと言ってもいいでしょう。プロ野球の一軍のレギュラークラスと二軍選手の間には、日頃の練習の質や量だったり、実戦でチャンスを与えられる機会だったり、あらゆる面で圧倒的な差が存在します。医学教育の中でも、一軍の学生とその他大勢とでは明らかな格差があるのです。
もちろん、二軍から這い上がってレギュラーになれる学生もいます。しかし、そのためには強い意志と相当な努力が不可欠です。私自身、恥ずかしながら高校時代は成績が芳しくなく、浪人して医学部に進みました。ただ、常に「医者になりたい」という強い志は持ち続けていましたし、進学した医学部では「医師になるための勉強」にひたすら取り組みました。研修医時代から周りの3倍以上の努力と経験を重ね続け、いまも研さんを積んでいます。
スタート時点で大きく出遅れているうえ、漠然とした動機で医師になった若手にとっては、レギュラーに這い上がるのはやはり簡単なことではないでしょう。
これから、世のため、人のために力を尽くす志を持った、質の高い医師をひとりでも多くつくっていくためには、いまの医学教育制度を見直す必要があると思っています。
次回、詳しくお話しします。