見えてきた認知症のメカニズム 悪玉腸内細菌が脳を壊す

善玉菌では進行が抑えられる
善玉菌では進行が抑えられる(C)日刊ゲンダイ

 アルツハイマー病の予防に脳トレにいそしんでいる人も多いが、それよりもお腹や全身の体調を整えた方がいいかもしれない。お腹の細菌叢や神経叢の変化が脳神経を死滅させ、アルツハイマー病やパーキンソン病を発症させている可能性が出てきたからだ。放射線医学総合研究所・脳機能イメージング研究部の樋口真人部長に聞いた。

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 認知症の7割を占めるアルツハイマー病。その原因とされるのが神経細胞外にたまる「アミロイドβ(Aβ)」と神経細胞内に蓄積する「タウ」と呼ばれる脳内タンパク質だ。それぞれが作り出したアミロイド斑と神経原線維変化が神経細胞死を引き起こし、記憶障害などの認知機能の低下をもたらす。

 本来、脳の免疫である「ミクログリア」は、これらのタンパク質を貪食することで脳内を正常に保っている。

 ところが、脳から遠く離れた腸内で悪玉細菌が増えて腸内細菌叢が変化すると状況が一変。悪玉腸内細菌叢が放出したサイトカインなどの毒物が迷走神経などを通じて脳に届き、脳神経細胞を弱らせると共にミクログリアを活性化。暴走したミクログリアが過剰なAβやタウだけでなく正常な神経細胞まで攻撃して認知機能低下に拍車をかけるという。

「脳内の細胞は神経細胞(ニューロン)と神経膠細胞(グリア細胞)とに大別されます。情報処理を担うニューロンを支えるのがグリア細胞で、その中のひとつがミクログリアです。脳の免疫細胞として神経組織がダメージを受けた時などに活性化し、修復や排除を行うのが仕事です」

 これまで脳にはミクログリアしか免疫細胞は存在しないといわれてきた。血液脳関門というゲートがあり、脳に入ってくる物質を厳重に制限していると考えられていたからだ。

「そのため、脳には“免疫特権”があり、免疫系の不可侵領域であるといわれてきたのです。ところが、新たに脳と脊椎を覆う硬膜の中にリンパ管が、脳血管の周囲には脳脊髄液や組織間液などが流れるグリアリンパシステムが発見された。Aβやタウがここから排出されるだけでなく、全身の免疫がこれらの抜け道を通して脳を変えるほど大きな影響をもたらしていることも明らかになったのです」

 家に水道と下水道の2つのパイプがあるように、人の体には酸素や栄養素を送る「血管」と組織から放出された毒素や老廃物を運び出す「リンパ管」がある。

 末梢免疫細胞はこのリンパ管を通じて脳や脊髄などの中枢神経系での異変を察知し、問題が起こるとサイトカインを分泌するなどして影響を与えていたのだ。

「アルツハイマー病の大まかな発症メカニズムは、おおよそわかっています。まず20歳ごろから大脳と脊髄をつなぎ、反射神経と呼吸など生命維持に関係する脳幹にタウがたまる。50歳くらいになると、タウは記憶をつかさどる海馬周辺にたまるようになる。60歳くらいになると、Aβが大脳皮質に蓄積していく。これらは独立した動きなのですが、Aβの蓄積が一定量を超えると、異常な構造を持つタウが隣接する正常なタウを異常なタウに変えていく活動が一気に活発となる。そして大脳皮質に向けて神経細胞を殺していくのです。ところが、腸内細菌叢の変化がこの動きに拍車をかけることが判明し、全身の状態がアルツハイマー病の病状にかかわることがわかってきたのです」

■善玉菌では進行が抑えられる

 むろん、腸内細菌叢が善玉に支配されれば、活性化し暴走していたミクログリアを抑えることも可能だ。腸内細菌叢がミクログリアを根本から変えることはすでに実験マウスで証明されている。

 ドイツの研究チームが未成熟なミクログリアを持つ無菌のマウスに、通常マウスの腸内細菌叢を注入したところ、成熟したミクログリアになったと報告している。腸内細菌が産出する短鎖脂肪酸がミクログリアを活性化したと考えられている。

 実は、腸内細菌叢が脳の神経細胞に影響を与えることはパーキンソン病でも同じだ。

 パーキンソン病(PD)は脳の異常によって体の動きが障害される病気。安静時に震えたり、動作が緩慢になったり、筋肉が硬直したりする。その他に臭覚障害、認知機能障害、抑うつ症状、幻視、便秘、起立性低血圧などを合併することが多い。

 PDはドーパミンと呼ばれる神経伝達物質を作っている黒質という中脳の一部消失により発症する。その原因は、腸内細菌や炎症などさまざまな環境要因により外界と接している神経や腸管神経叢内のαシヌクレインと呼ばれるタンパク質にある。それが蓄積・塊となってレビー小体へと変化。嗅神経や腸管迷走神経を介して脳内へと伝播していくと考えられている。つまり、脳の病気と思われてきたPDもまた腸など全身の動きに支配されているのだ。

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